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しなやか、だ。
カズラーが振り下ろした触手を、上体を後方にわずかに反らして回避し、ひらりと身を翻し逃れる。すでに長い腕は背負った矢筒に伸ばされ、草むらに片膝をつき、弓を引き。
図体でかいくせに、動きは他の誰よりも素早いなんて、反則だ。
的確に戦況を分析し、即座に反応する。放たれた矢は、敵の急所を正確に射抜く。
これが、『自然と生きる者』の勘か。野生児、といっても、ワイルドではないから、自然児、とでもしておこうか。普段はのほほんとしてるクセに、戦いになると目の色が変わる。獲物を狩る目。命を奪う非情で、・・・真摯な眼差し。
けれど本人に、自分が一流の戦士であるとの自覚はないらしい。
(生きていくためには、ある程度、強くなきゃね)
と、とぼけるし。
(特に、誰かを護りたいのならね)
しかし、なんで?
こと、人間関係になると、全く状況分析ができないんだ!
アルドはテッドの隣りでくつろいでいる。
(コイツは、コイツに俺が付きまとわれていることを、俺が喜んでいるとでも思っているのだろうか?)
両腕を組み顔はしかめ、テッドはアルドをジトッと睨むが、あっちを向いているアルドは口に手をあて、のん気に欠伸なんてかく。
(ほんっとに、何考えてんだか、)
テッドは諦めている。「構うな」としつこく言ってるにも関わらず、しつこくアルドの方からくっついてくるなら、もう俺の知ったこっちゃねえ。
全く、こいつは、周りの目なんて気にしないのだから。
二十代のイイ青年と、十代の少年(中身はジジイだけどな!)の2ショットなんて、はたからすれば十分不可思議なシロモノだ。
アルドの細いけれども、骨格のしっかりした肩の辺りが、ふと目に入る。
(・・・・・・これくらい、ガタイがあれば、ガキだなんて言われないのになあ・・・・・・)
溜息をつく・・・・・・。
「大分前だけど、」
魚の話をしていたんだ。
「背を伸ばそうと思って、イワシばっかり食ってた時期があったんだ。引き網をすれば、すぐにいっぱい簡単にかかるだろう。でも、大して伸びてくれないし、段々、飽きてくるし。・・・・・・だから、魚が苦手になったんだ」
「へえ」と、アルドが隣りを見る。
「今でも、イワシは、そんなに好きくない」
「でも、マグロは美味しかったって、この前言ってたね」
「・・・・・・。まあな」
「あれは、すごかったね。引きがもの凄く強くて。さすが、マグロだったね。一緒に釣上げられて、嬉しかったな」
「・・・・・・小さかったけどな」
素っ気なく、テッドが答える。
「僕は逆だな」
と、アルドが笑う。
「テッド君ぐらいの時から、もう、これ位、僕は身長があってさ。周りから、ひょろっと頭一つ分、出てるのさ。村の同年代の女の子達から、よく「キモイキモイ」とか、からかわれて、悲しい思いをしたよ」
「言われた方の気持ちとか、あんまり考えないんだよな」
テッドが同情の相打ちをうつと、アルドは、のほほんと。
「あの年頃の女の子は、無邪気で、残酷だからねえ」
と目を細める。
「テッド君の歳だったら、未だ未だ伸びるよ」
しかし無言のテッドに、アルドは自分がとんでもない事を口走ってしまったことに、すぐに気付いた。
彼は、不老の宿命を背負った、真の紋章持ちなのだ。
「ごめん。テッド君・・・・・・」
「いいよ。気にすんな」
テッドは、「我、意に介さず」と、さりげなく流す。
「前はもっとチビだったからな。あのまま、一生を過すのかと思ってたけど。ここまで成長できただけでも、めっけもんさ。・・・・・・その点で、船長には、少しは感謝しておいた方がいいのかな・・・・・・」
一人でテッドは、ニッと不敵な笑みを滲ませる。
「船長って、あの霧の船に乗ってたとかいう?」
「そう」
アルドは眉を顰めて、心配そうに、テッドの顔を覗き込む。
「あんな船に乗ってて、・・・・・・大丈夫だったのかい?」
「何が?」
「いや、別に」
ちょっと慌てた風に視線を泳がせ、自分の思惑をこれ以上追及されないよう、アルドは話題を変える。
「僕は今でも、船の女の子達から、奇異の目で見られているように感じる時があるよ・・・・・・」
ふうと、困ったように息をつく。
「これのせいみたいだけど、」
と、後ろで一つに結わえた髪を持ち上げて見せる。 緑に輝く、美しい翡翠のピアスに、腰まで届きそうな長い黒髪のポニーテール。
「僕の村では、これが普通だったんだけどね」
(そのせいだけじゃ、ないんじゃないのか・・・・・・)
テッドは何だかしんみりしたが、それを言ったら、こいつは、どんな反応をするかな?
真顔のアルドは、普通に言う。
「テッド君は、今のままの身長が可愛いいかもね」
一瞬テッドは、自分の耳を疑った。可愛い?可愛い?何が!!!
(やっぱり、こいつの考えてることは、よく分かんない)
と、テッドは混乱した頭を抱え、背を丸める。
何も気づかない、アルドの横顔を横目で伺う。
(本当にこいつは、俺のことをどう思っているんだろう?)
「テッド君、テッド君」って、いっつも自分に引っ付いてくるのは、どう考えても、何かが明らかにオカシイと思わないのか?
でも、ちょっと答えがコワくて、聞けない。
会話が途切れて、しばらくしてから、
「テッド君は、真面目すぎるんだよね」
アルドが他所を見ながら言う。
「ロウフォン君達、兄弟を見ていると、ああ、こんな生き方もありなんだなって、思ったりするよ。もっと、不真面目に。お調子者って言われるぐらいに、いい加減になってもいいんじゃないかな」
テッドは愛想もなく黙っている。
(・・・・・・こんな紋章持って、気楽に、明るく振る舞える奴がいたら、そいつは、よっぽどのバカか、よっぽど人間が出来ているか、だろうよ・・・・・・)
「どんな相手とでも、テッド君は誠実につきあおうとするから、大変なんだよ」
アルドは続ける。
「もっと表面だけで仲良しやってる人って、結構いるんだと思うな。・・・・・・それで、いいんだと思う。・・・・・・でも、そういうの、僕もできないんだけどね」
彼は軽く笑い、長い足を伸ばす。
また、会話が途切れる。
「ねえ。テッド君」
アルドが明るく声をかけた。
「もし良かったら。少し話してくれないかな。この船に来る前のテッド君のこと」
「・・・・・・」
テッドは口を結んだ。
「・・・・・・僕はテッド君のこと、何も知らないんだな、って思ってさ」
黙るテッドの方を見向きもせずに、アルドは躊躇いながら付け加えた。
「勿論。話したくないなら、話さなくていいけど・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・。・・・・・・ごめん」
アルドは顔を伏せた。自分から顔を背けたくせに、テッドは何と無く分かる。
(しょんぼりしてやがる・・・・・・)
まったく、アルドは。
と、ここで、テッドは、ひらめいた。
ずっと前から言おう言おうと思っていたことを、遂に、こいつに言ってやろうか。そうすれば、きっと、こいつも諦めるに違いない。考えを変えるに違いない。簡単なことだ。自分の気が変わらぬ内に。善は急げだ。
「アルド。お前、俺を何歳だと思ってる?」
「分からないよ」
アルドは顔を上げ即答。
「君、君、君付けするがな、」
テッドはアルドと顔をつきあわせる。
「150」
アルドの驚く表情を見る前に、テッドは顔を背けていて、つっけんどんに言った。
「百五十何歳かは聞くなよ。細かいところは、もう忘れたんだ!」
「150歳、だなんて、ぜんぜん見えないよ」
(そんな冗談、)
とばかりに、アルドは声をだして笑うのだ。
テッドは少々むっとして、
「赤月の独立をリアルタイムで知ってるぞ。あの初代皇帝の妃は、べっぴんさんだった」
テッドの真剣な顔を見てとり、アルドは笑うのを止める。悄然、呟く。
「150年。・・・・・・そんな、長い間・・・・・・」
(どうだ!)
アルドの沈黙に、テッドは心中でガッツポーズ。自分の歳だなんて言いたかなかったけどな。やはり、隣りには十分な効果があった。これでもう、「君」だなんてガキ扱い、馴れ馴れしくはしないだろう。齢の差、世代格差は絶対なのだ。
未だ、アルドは呆然としているらしい。見事に固まってる。
沈黙がこうも長く続くと、テッドの方も、徐々に、作戦成功の楽しい余韻が消えてくるのを感じだす。
(こんなナリで、中身はジジイなんてさ・・・・・・)
いつもの如く、気持ちが沈んでくる。
(・・・・・・そりゃ、ヒクよな・・・・・・)
静寂にいたたまれなくなって、テッドが声をだす。それは、ぶっきらぼうな呼び掛け。
「・・・・・・おい」
「うん」
アルドは急に我に返されたように。
「めんどくさいから、この事は、他の奴らには話すなよ」
「・・・・・・うん、・・・・・・もちろん・・・・・・」
注意がましいテッドの言葉に、アルドはなんとも力無く、返事を返す。そして、辛い声で尋ねてくる。
「人を避けるのは、それが原因なのかい?」
「・・・・・・」
テッドは目元を暗くして口を塞ぐ。
「でも、・・・・・・そんな!」
アルドは声を大きくして顔を近づけた。ずいと、テッドは彼の鼻先に、右の甲を突きだして。手袋によって、それは隠されたままで。
「生と死を司る紋章。ソウルイーター。こいつは呪われてる・・・・・・」
こんなことまで言う気は全くなかった。・・・・・・でも、良い機会さ・・・・・・。
「罰の紋章が、宿主の命を削るように。俺の紋章の場合は、周りの人間に不幸を招き寄せる。必ずだ。だから、お前も俺に関わらない方がいい」
毅然として、言い切る。
「不幸って、どんな?」
「言いたくない。・・・・・・ただ、確実に、相手を破滅に追いやる」
テッドは右手を体に引き寄せ、その上に左手をのせて隠した。
「お前も、うすうす感ずいてるんじゃないのか?この紋章が持つ力。邪悪な意思。どれだけ危険な紋章かってこと・・・・・・」
テッドはアルドから顔を背け、眉間に皴寄せて、求める。
「だから、頼むから、・・・・・・これ以上俺には、構わないでくれ・・・・・・」
「それで、君は、もしかしたら・・・・・・、150年間、ずっと人を避けて、・・・・・・一人で生きてきたのかい?」
アルドは苦しそうな、悲しそうな眼差しをテッドに向けてくる。
ああ、また、アルドの心配症だ。
「思い返せば、早いものさ。時が経つのなんてさ」
テッドは、ごく平然に言った。
「いろいろなことを経験できたよ。いろいろな所を見て回れたし。体まで老人になって苦労するってこともないんだ。若いままで、普通の人間の何倍近くもの人生を生きれるんだ」
「じゃあ、なんで、あんな霧の船なんかにいたんだい?」
アルドは身を乗り出して尋ねる。
「あんな暗くて冷たい、とても寂しい所に、閉じ篭って!」
アルドは怒るように言い、
「・・・・・・もう、気丈に振舞わないでくれよ・・・・・・」
と声を詰まらせ、アルドは背を丸めた。むせび泣くのが聞こえてきた。
考えない、ということは重要なことだ。
思考回路を完全にストップさせて。
自分がどれだけ寂しい人間かということを考えないことだ。自分を可哀想だと気付かない振りをし続けるのだ。
ただ、漠然と人生を送ればいい。
何も望まず。何も執着せず。何も考えなければ。何も苦しくなんて、ない。
(なんで、お前が泣くんだよ)
アルドは声をもらして泣いていた。目から、大粒の涙がぼろぼろと、次から次へとこぼれ落ちてくる。
テッドは、どうにもできず、黙って隣で座るだけである。
涙を抑えようと、必死に、しゃくりあげる音が聞こえてくる。
隣に先に泣かれると、泣きづらくないか。
泣きたいのは、こっちの方だ・・・・・・。
ああ、でも、こいつは。
俺のために泣いてくれてるんだ・・・・・・。
アルドはもぞもぞと胸元から何かを取り出すと、ちーんと思い切り鼻をかむ。
そして顔を上げると、突然、はははと声をだして笑い始めた。テッドは、目を丸くして、びっくりする。
「ってことは、僕はテッド君にとって、孫みたいなもんなんだ」
アルドは涙で潤んだ目を拭きつつ、笑みをこぼしている。
「あ、違うかあ。ひ孫以上かあ・・・・・・」
自分で訂正を加えて、のん気に、にゃははとする。
(笑うなよ!)
とツッコミを入れたい気分を飲み込んで、テッドは冷静に振る舞い。
「・・・・・・ああ。そうかもな・・・・・・」
「テッド君。年の差なんて、関係ないよ」
アルドはテッドの顔をまっすぐに見ていて、微笑みを浮かべて、はっきりと言った。
「そんなことより、今こうして、僕達が普通に話し合ってるってことの方が重要なんじゃないかなあ」
陽気に続ける。
「それに、紋章の呪いは、僕には効かないかもしれないよ。だって今、僕は全く不幸ではないもの」
アルドは、その大きな手で、テッドの肩に腕を伸ばし、引き寄せた。
余りに突然の出来事だったので、テッドは声も出なければ動くこともできない。
息もできない。
「僕。じいちゃんっ子だったんだ!」
END
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