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船は港に随分早く着いた。
日は出たばかりだ。未だ、藍色を帯びる空に、明るい星が1,2個残っている。
ここから一番近い街まで向かう馬車の時間は、当分先のこと。
(こんなに早く降ろされてもなあ・・・・・・)
と、テッドは思わず苦笑するが、あの船が貨物船だったからしょうがない。破格の安さに惹かれ、それを承知で頼んだのだし。
群島諸国の物産を朝の市場に間に合わせるための、商人専用の船。一般客の移送は、そのスペースが空いた場合の、あくまでも次いでだ。
港に着くやいなや、山積みの貨物を馬車に移し替える作業などで、大層騒がしかった。テッドと一緒に、簡素で狭い客室に、唯一乗り合わせた若夫婦は、街から迎えに来た家族の馬車に乗り、港を離れた。何時の間にやら、商人の馬車も、綺麗さっぱり、いなくなっている。
今、港は静かだ。
待合い所にまばらにいた係員達も、受付のカーテンを閉め、姿を消している。
テッドは建物から出て、街への馬車が来るのを待っていた。
商人や、あの若夫婦の馬車に乗せてもらえばよかったが。不必要に、他人と関係をもつべきではない。旅先でのほんのわずかな付き合いであっても、油断はできない。そんな用心深さは、彼等と共に戦った後でも変わらない。
束の間、手に入れた仲間。もう一年が過ぎる。
待合い所の建物の階段に腰を下ろし、目の前には舗装された土の道路と、その向こうには、ガランとした空き地だけ。
テッドはどうにも手持ちぶたさを感じだして、立ち上がった。
(海でも見に行くか)
ここから少し歩けば、砂浜の美しい海岸があると聞いた。
空がすっかり明るくなった頃、テッドは砂浜に着いた。開けた視界の遠くまで、白い砂浜が広がる。
青い空。もくもくとわきたつ、白い夏の雲。水平線が見える。昇りいく太陽がまぶしい。
テッドは思った。
(モルド島みたいだ)
砂利一つ無い、微細な砂の粒子が、歩く度にキュッキュッと鳴る。
波打ち際に立てば、澄み切った水が、寄せては返り、寄せては返り。
(これで、温泉があればなあ・・・・・・)
気持ち良く、海岸の風景を見渡しながら、テッドはモルド島の温泉を懐かしく思い出す。それに、硬いベッドの上で、縮みこまって寝たもんだから、体が重いんだ。
(ふう・・・・・・)
テッドは深い息をついた。ぶらりと砂浜を歩く。
こんなに朝早くから、砂浜に来る人間なんて、流石にいないようだ。
打ち上げられていた黒い海藻をテッドは拾い上げ、海の方へと大きく投げた。
のんびり時を過ごしていたテッドは何だか眠くなってきて、海と反対側の木がある方へと向かう。
適当な木を見つけると、その根元に腰を下ろし、木に寄りかかり、両足を伸ばした。
初夏の風が吹く。木の葉が作る影がゆらりゆらりと地面で揺れる。
目をつぶろう。
波の音が少し遠くに聞こえる。
ザアー、ザアー、ザアー、ザアー。
海の子守歌。光に照らされた海は。海は青かった。
(・・・・・・海が青いと教えてくれたのは、お前達だ・・・・・・)
初めて見た海は灰色をしていた。・・・じいちゃんは、海は青いと言っていたのに・・・。
雄大で、底知れぬ深さを秘めた海は、死の紋章を、この呪われし我が身を、永遠の闇の中に封じ込めてくれようか?
白い霧に包まれた海の只中で、誘われるように、身を投げ出した。
そして、出会いしは、闇の救いだった。
生者には光を。死者には闇を。
光を求めても、・・・・・・叶わぬ。
漠然と流れる時の中で、船長がある日、囁いた。「お前と同じ人間がいる」、と。
紋章に狂わされた人生。翻弄される、儚き命。
俺は復讐の炎を纏い、彼と出会った。抗えぬ運命の鎖に繋がれし、我が同胞と・・・。
いや、俺とは違う!燃え盛る炎によって、闇に映し出されし彼は。
彼はとても強い目をしていた。
巡り会った、一筋の光明。
暖かい、人の温もり。
海が青いから、懐かしくなる。
海に浮かぶ本拠地船。みんながいた。
戦いの日々であろうとも、皆が皆、希望を胸に、陽気に力強く、生きていた。
船の上から見上げる空は、いつもまぶしかった。
海が青いから、嬉しくなる。
「構うな」と言っているのに、くっついてきたアイツ。・・・側にいてくれたアイツ。
俺はどう人と接していいのか、よく分からず、おどおどしていたんだ。
自分自身が傷付くのを恐れ、他人の好意を前に、いつも俺は逃げ出していた。
勇気を出して、自分を信じ、誰かを信じれば、その先に得られるものの素晴らしさ。
それを、教えてくれたのは、・・・・・・・。
海が青いから、悲しくなる。
俺は言った。
青い海の上で。
サヨナラ・・・・・・。
それは、うたた寝。
テッドは目覚めた。
遠くに声がして、テッドは海を見た。小さな小さな男の子が母親と水遊びをしているのが見える。水を叩いたり、波に向かってキックをしたり、楽しそうにはしゃいでいた。
多分、この幸せな情景こそ、アイツ等が、・・・俺達が・・・、命をかけて守ったものなんだ。
(朝も早くから叩き起こされたもんだから)
テッドは、ぱんぱんと自分の顔を両手で叩き、気合いを入れ、勢い良く立ち上がった。
(そろそろ、馬車が来る時間だな。戻るか)
ここを離れる名残惜しさに、テッドは港まで続く道まで、波打ち際を歩いていく。
テッドはシンダルの遺跡を探してみようと思っている。紋章の秘密を握るという、その場所へ。それが、彼等から学んだ、運命と戦うということなんだ。
ここは、群島諸国の最果て。大陸の内部に向かう、あの馬車に乗れば、群島諸国とはお別れである。
当分、この青い海を見ることはあるまい。
テッドは、両手を空に上げ、うんと背伸びをした。
またな。
END
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