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僕が訓練所に入った途端、静かになった。みんな訓練を止めて、僕を見ている。
年輩の騎士が僕に近付いてきて、こう言った。
「何の御用ですか?スノウ団長」
「よ、様子を見に来ただけだよ」
貴族に許された上着とキュロットの出で立ち。スノウは両腕を後ろにまわし、寛大な笑顔を披露しようとする。
「どうしてるかなってね」
「どうするもこうするも、」
騎士は冷ややかな笑みをじわりと浮かばせて、
「こうして訓練に明け暮れています。なんせ、友軍クールークの監視の下、ここに閉じこめられているのですからね」
「みんなには待機してもらっているだけだよ」
「そうですね。団長がそうおっしゃられるのなら・・・・・・」
騎士は大仰にスノウに敬礼をし、広場に続く扉へと去っていった。
訓練所に残っているのは、十人ほど。壁際の石段に腰を下ろしている者。スノウと目を合わそうとせず、剣を手にしたまま立ち尽くす者。こちらをじっと睨んでいる者。
「おい。副団長をどこにやった!」
乱暴な言葉遣いに対しても、丁寧に対応することが、僕の務めだとスノウは考える。
「副団長がどうかしたのかい?」
「昨夜から姿が見えない。お前達が連れて行ったんだろう!」
苛立たしい、怒気をはらむ声に。
「僕は知らないよ・・・・・・」
スノウは正直に答える。
「はっ。大した団長様だな」
大柄な騎士は両腕を大きく広げて、スノウを鼻であしらう。
「そうやって、お前達親子は邪魔者を消していくわけだ。あんなに世話になった、小間使いのガキみたいにな」
「だ、誰のおかげで、無事だったんだと思ってるんだっ、」
忽ちに偽りの笑顔は消え失せ、言葉が先に口をつく。
「ご聡明なフィンガーフート家様のおかげです。・・・・・・この腰抜けが!!」
「何だって!!」
騎士が最後に吐き捨てた罵声に、スノウが張り上げた大声が訓練所に響き渡る。
「スノウ!」
離れて、様子を見守っていたケネスが、
「クールーク兵が来る。止めるんだ・・・・・・」
至極、落ち着き払った忠告に、スノウはそちらを振り返り、口を閉じ、静まり緊張しきった周囲を見渡した。
うつむき、言った。
「・・・・・・僕もみんなが辛いって、分かっているよ・・・・・・。でも、これが、みんなのために、ラズリルのためになることなんだ。だから、どうか、分かって欲しい」
***
・・・此処は僕の館なのに、全く違った所に来てしまったような気がしてくるんだ・・・。
クールーク兵がいる。廊下のあちこちに立って『威嚇』する。ヘルメットを目元まですっぽりかぶって、ヘルメットの下から、僕を見張っているんだ。
応接室や食堂やあらゆる部屋が、クールークのものになり、僕は謁見の間に通じる薄暗い廊下を歩いている。
一人で。
石畳の沈黙を破る足音が、向こうから近付いてくる。
二人の部下を後ろに従え、ヘルムートが影から現れる。ラズリル占領部隊隊長、ヘルムート。
クールーク兵の灰色の軍服とは趣を異とし、彼のおかっぱの淡い銀髪に合う、白を基調とした上着の裾には、鮮やかな朱のラインが二本づつ入る。線は細いが、鋼の胸当てと肩当てをつけ、士官の剣を腰にさす様は、堂々たる剣士の風貌。端整な顔立ちに、凜と輝く瞳には、揺るぎない自信を感じさせる。
ヘルムートはスノウを認めると、軽く会釈をして、通り過ぎた。
「ちょっ!」
スノウは咄嗟に声をだした。
背後からのスノウの気配にヘルムートは歩みを止めた。
「何か?」
と、スノウと向き合う。
「副団長はどこにいるんですか!」
「副団長?カタリナ殿がどうかされましたか?」
スノウのただならぬ調子に、少々意表を突かれたようである。
「昨日の夜からいない。あなた方が、何かお知りでしょう?」
ヘルムートは訝しげに眉をひそめて。
「さあ・・・・・・」
「!」
スノウが言い返す前に、ヘルムートが口を挟む。
「申し訳ないが、私は先程、こちらに戻ってきたばかりなのです。昨日は朝から海にでておりました。カタリナ殿のことについては、何の報告も受けていません。すぐに確認をとらせましょう」
ヘルムートがクイと首を少し上げると、後ろに控えていた部下の一人がすぐ脇についた。片膝をついて、主の拝命を待つ。
「急げ。・・・クレイ商会にもな」
「はい」
兵は一礼し、その場から消えた。
「では、後程」
ヘルムートはそう、素っ気なく言い残し、足早に廊下を歩き出した。
「ま、待てよ!」
スノウは一歩前に出た。
「僕に他に言うことはないのかっ」
ヘルムートは振り返り、
「ですから、早急に確認をとると、」
「約束が違うじゃないか!副団長がいなくなるなんて!」
スノウは力を込めて怒鳴った。
「と、言いますと」
正面で向き合うヘルムートは、眉一つ動かしはしない。それが、鼻についた。
「あなた方は、ラズリルに住む全ての人々の身の安全を保障したはずじゃないか!なぜ、こんなことが起きてしまうんだ!」
「きちんと事の真偽を確かめた上、スノウ殿には必ずご報告致します」
「副団長を捜しようにも捜しようがない!あなた方が僕等の移動を制限しているからだ。ここは僕等の島なのに。自由に動けないなんて!」
ヘルムートは両腕を組み、涼しい顔でスノウを凝視している。
「僕等を何だと思ってるんだ。騎士団のみんなを何時までも、あんな所に閉じこめて。僕等はこの島を守るためにいるんだ。クールークではなく、僕等に島の警備を任せてくれればいいんだ!」
熱くなる。どうしようもなく、熱くなる。スノウは自分の顔が赤くなっていくのを感じている。何が何だか分からない。でも、言ってやりたいんだ。此の、すました、目の前の男に!
「それに何故、この僕にすら、いつも連絡がないんだ。この島は騎士団の団長たる、この僕に任されているはずじゃないのか。なのに、友軍の指揮官である僕にさえ、何も、戦況の報告すらない!」
「スノウ殿」
ヘルムートは片手を上げ静かに言った。
「島の民を思う貴方の気持ちは分かる。貴方が守るべき、愛すべき島だ。しかし、もっと自分自身をお知りになられることだ。・・・・・・我々が対等な立場にあるとお考えになられるな」
「な、・・・・・・」
「では、」
ヘルムートはくるりと背を向け、その場を去ろうとする。
スノウは大声で叫んだ。
「ここはラズリルだ!クールークのものじゃない!!」
ヘルムートは歩き始めている。
「ガイエン海上騎士団はお前達に降伏したんじゃないぞ!」
ヘルムートが横顔だけを、ちらりと、こちらに向ける。
「僕等はクールークに屈したのではなく、協力しているだけだ!」
フッとヘルムートが軽く笑ったのを、見た。
「バカにするなああああー!」
スノウの怒声が響き、しんとなった。
ヘルムートに向けられている、スノウが抜いた剣先。
その先で、ヘルムートがニッと微笑む。
「ならば、お相手を致しましょう」
ヘルムートは腰にさしていた剣を、すらりと抜いた。
「ヘルムート様」
彼の部下が剣を抜き、主の側に控える。
「良い」と、ヘルムートは軽く左手で制止し、部下の剣を納めさせる。
「どうされた?スノウ殿」
すっと、ヘルムートが距離を縮める。
「剣の扱い方をご存じか?」
緑色の優美な貴族服に身を包めるスノウに目を落とす。
剣先を、さらに前に出す。細身の片手剣が、氷のように冷徹な輝きを放つ。対峙するヘルムートの構えは自然体でありながら、隙がなく。大きい。研ぎ澄まされた、鋭利な刃先がスノウを捕らえる・・・。
「剣を納めよ。ヘルムート!」
厳格な、年寄りの叱責が聞こえた。
「スノウ殿に失敬であるぞ」
ただちに、ヘルムートは剣をしまい、頭を下げたまま、『彼ら』を迎えた。
「スノウ殿。愚息の御無礼を、どうか、お許し下さい」
スノウの後ろからコルトンがやって来た。そして、ヘルムートを険しい目で見る。
「礼節を重んじぬとは、指揮官として、あるまじき態度ぞ」
「申し訳ございません。軽率でした・・・・・・」
ヘルムートはうなだれたまま、尊父に己の非を詫びた。そして、頭を少し上げ、コルトンと共に来た男の様子をちらりと伺い、また頭を下げた。
コルトンがスノウに告げる。
「総督殿から、皆に話があるそうです。共に参りましょう」
しかし、目の前のスノウからは全く返事がない。
コルトンは、スノウの様子に気付いて言った。
「では、先に参っております」
彼らはスノウを置いて、立ち去った。
スノウの剣がガランと落ちた。剣をずっと握りしめていた手の平には、嫌な汗がじとっとにじんでいる。体中にも。
(・・・・・・僕は震えていた・・・・・・)
剣をもつ腕は小刻みに震え、足はがくがくと揺れていた。
一気に血の気がひき、視線は定まらず、頭は真っ白になった。
自分に突きつけられた剣。僕の体は完全に凍りついた。
へっぴり腰の僕は、攻撃など逃げることすら。動かなかった。動けなかった。
僕の青冷めた顔はぴくぴく引きつり、だらだらと冷汗を流し、ぶるぶる脅えた小動物の目で、強者の憐れみに、只、すがった。痛ましく、惨めたらしく、滑稽なる、僕。
(畜生!)
アイツ等は、きっと今頃、僕を嘲り笑っている。
特に、あの男!コルトンの後ろで、平然としていた男。海神の申し子、と讃えられる、あの男は。アイツは、全く僕を見ようともしなかった。一瞥すらない。バカに興味はない!アイツは、僕の脇をつまらなそうに通り過ぎていった。
(畜生!畜生!畜生!!!)
みんな、僕をバカにして。この僕をバカにして。
誰が僕の気持ちを分かるっていうんだ。
僕の苦しみを、僕の気持ちなんて、誰にも分かるもんか!
***
「謝らないのか?」
別の騎士がスノウに言った。
「戦うのが怖くて、自分の身が可愛くて、仲間を敵に売って、さっさとクールークに降服しました。弱虫でごめんなさい!」
おどけた口調で、騎士は呆然と立ち尽くすスノウをからかい、訓練所はざわめいた。嵐にもみくちゃにされる木々の葉のざわめきのようだ。口々に顔を見合わせ囁く声が、スノウにどっと押し寄せてきた。
(ソウダ、ソウダ、・・・・・・ソウダ!!)
スノウは駆けだした。
スノウは訓練所から逃げ出したのだ。
END
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