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「お久しぶり・・・、」
細めた目に、口元に優しい微笑をたたえた彼の顔が、とても懐かしく感じられる。
「・・・テッド君。もう、ボクのことなんて忘れちゃったかと思ったよ」
テッドを覗き込むように、長身のアルドは少し屈んで、からかうよう、クスリ。
「そんな訳ないだろ」
テッドは、ぶすっと仏頂面を反らし、彼の笑顔から逃れるように視線を海に流す。
どこか物憂げに佇むテッドに、アルドは「分かってるよ」、と。
「いろいろあったみたいだね・・・・・・」
船の甲板の手すりに両腕をのせ、陽気な青い海と向き合うテッドのすぐ隣に、アルドも同じようにそうして寄り添う。
「ああ・・・・・・」
テッドは海を見詰めて、暗い声でつぶやいた。
「赤月・・・・・・」
うつむき、目を閉じる。
「また、たくさん人が死んだよ。・・・・・・いつの時代になっても、戦争は消えてなくならないな・・・・・・」
船の揺れを体で感じる。波とともに、上下に浮き沈みする。初めこそ慣れなかったが。今は、それは揺り籠を揺らす手のようだ。傍らで、眠りについた赤子を見守る・・・。
(・・・・・・安らかだ・・・・・・)
絶え間なく続く波の音を耳に聞けば。
見渡す限りの大海に広がる、連なる波の山谷。うららかな南風に、海は穏やかで。
そこを突き進む、一艘の巨大船である。
(・・・・・・本拠地船)
テッドは振り返り、今度は背中で手すりに寄りかかる。
甲板の中程に居る二人から、ほどなく離れた所で、昔出会った人々が、昔と変わらぬ姿で、昔と同じように、そこにいた。
ここは、150年前の記憶の海・・・・・・。
「テッド君」
「うん」
テッドは終わりの「ん」を小さく短めに返事して。
「今、何、考えてた?」
「変わらないなあ、と思ってた」
「ああ」
と相づちを打ち、アルドもテッドの視線の先の、甲板を端から端まで見渡して。
「今、テッド君が見てる人達、みんな、とっくの昔に死んじゃってるんだよね」
アルドが余りにも明るく言うので、
「勿論、僕もなんだけどさー」
「お前が言うなっ」
テッドはあきれて、両手を頭の後ろに回して、ますます深く手すりにもたれる。
「人の一生なんて、あっという間だよねえ」
アルドはのほほんと、そう付け加えるのだ。
「テッド君も、変わらないね」
「そうか?」
テッドは腑に落ちない表情を向けて。
「少しは変わっただろ」
「見た目は変わりっこないからね」
「そうじゃなくて、いろいろさ、」
「いろいろって?」
「気付かない?」
「ううん。150年の間に、ちょくちょく、こうして会ってるしさ」
「ちょくちょくじゃあないだろ!」
「僕のような立場じゃ、時間だとかは、よく分かんないんだよね」
アルドは飄々と笑って、テッドは口をとがらし。
「何か、一つぐらいは変わっただろ?!」
「例えば?」
テッドはちょっと眉を顰めて、躊躇いながら。
「・・・・・・。・・・・・・少しは性格が明るくなったとかさ、」
「ああ、それはそうだろうけど」
アルドは軽やかに、
「でも、それは元々のテッド君の性格だったんじゃないかな。僕とみんなに出会う前は、いろいろと大変すぎたんだよ」
「・・・・・・」
「多少昔とは違ってきてるかもしれないけどさ。根本のところは、優しいテッド君のままなんだ。それで、そんなテッド君が、僕は好きだな」
「・・・・・・」
テッドはアルドとは反対の方を向き、目を平らにする。ほんのり顔を赤らめて。
(よく言う!)
不服そうに愚痴をたれた。
「150年経って、何も成長しないなんて、ツマンナイな!」
「で、今日は、何を報告しに来たのさ?」
アルドが尋ねた。
「ああ」と、テッドは気を取り直し、
「実は昨日から、赤月の将軍の家に居候することになったんだ」
「へえ。今度は、またスゴイ所に居座るもんだね」
と、のん気なアルドに、
「居座るんじゃなくて、ちょっとだけ、厄介になるだけだ!」
「お金、なくなっちゃったの?」
「ま、それもあるけど、」
宿代、メシ代、その他諸々。放浪の旅にもカネがいる。
「興味があるんだ」
「その赤月の将軍さんに?」
「そう。テオっていうんだけど」
テッドは体を手すりから起こし。
「今まで出会った将軍さまとは、なんだか違う感じがするんだ」
「ふうん」
腕組みして、話に聞き入るアルドに。
「ガキがいるんだってさ!俺と同い年ぐらいの一人息子」
「300歳?」
「バカ!」
すかさず、テッドはツッコミをいれて。
「そいつと話が合うだろうからって、将軍の方から屋敷に来ないか誘われたんだ。戦災孤児で、各地を渡り歩いてるって作り話をしたんだけどさ。可哀想だと思ったとしても、どこの馬の骨かも分からないヤツに、いきなり自分の家に来い、だなんて言う将軍がいるか?」
「ウン。変わってるね」
「だろう?!野宿にも疲れてきた時だし、渡りに船だったけど。俺がワルいヤツだったら、どうするんだか」
「テッド君は、ちっともワルそうに見えないよ」
「・・・。ヒトを見かけで判断しちゃダメだぜ」
うししと不敵な笑みを向けるテッドに、アルドは明るく笑んだ。
「テッドくん。その前に、テオって将軍さんと何かあったんじゃない?」
「何かって。おっさんと何かあってどうするんだよ」
「ちょっと前に、ソウルイーターを使ったね。しばらく使ってなかったのに。それと関係してるんじゃない?」
テッドは意表をつかれて。
「まあな。見られなかったはずなんだけど。俺が何かの紋章持ちだってことは、勘付いてるみたいだな・・・」
テッドは目元をくもらせる。
「仕方なかったんだ・・・。あの時は、ああするしかなかった・・・」
戦争だからといって、目の前で殺されそうになった子供達を見過ごすことができようか。
「たぶん、テオって将軍さんも、テッド君に興味をもったんだよ。なにか事情がありそうだし、見た目の年の割にはジジくさいところあるし」
(ジジイ?!)
テッドは、さりげなく言葉に挟んできた単語に、カチンとしながらも。
「だけど、なんで知ってるんだ?」
相変わらず、動物的勘というか。アルドはニコニコしたまま。
「ボクはテッド君のことなら、なんでもお見通しなんだよ」
少しだけ顔を、アルドはテッドに近づけた。
「ソウルイーターと共に、ボクはずっと君と一緒なのだから」
「・・・・・・。ああ、・・・そうだったな・・・・」
テッドはつぶやいて、アルドの顔をまじまじと眺めた。じっと、彼の笑顔を見詰めた。
こいつは昔と変わらずに、このように、いつも俺の相手をしてくれるのだった。
「これは、俺が作り出している、夢の世界だもんな・・・・・・」
と、テッドが言う。
全ては幻。全ては過ぎ去った思い出。
俺がそうして欲しいように、こいつは応えてくれるだけなんだ。
「テッド君。そう思うのは、悲しいよ」
澄み切った青空を背景に、アルドが微笑んだ。
「たしかにボクはソウルイーターに食べられて、死んでしまったけれど。人間はみんな、必ず死ぬもんだよ。でも、こうしてボクは、テッド君の中で、150年もの長い歳月を一緒にいることができた・・・」
アルドの長い黒髪が海風に揺れた。
「・・・ボクはずっと見てきたよ。テッド君がいろいろな人と出会って、いろいろな別れを繰り返したことを。いろいろなコトがあったね。楽しかったことも、悲しかったことも、いっぱいいっぱい・・・。たくさんの思い出と一緒に、テッド君の今があるんだ・・・」
伸ばした左手を、テッドは彼の肩の上に置く。
そっと。
彼の確かな感触と温もりを認め。
最後まで思いを伝えられなかった・・・。
(・・・・・・ホント。・・・死んじまってからじゃ、遅かったよな・・・)
「ねえ、テッド君。ボクは感じるんだ」
アルドはテッドの手を肩にのせたまま。
「テッド君の旅の終わりも近づいているんじゃないかな」
辺りがにわかに賑やかになった。物見役が大声を張り上げ、甲板を忙しく走っていく人々。ドンドンドンドンと、激しくモノを叩く音か、いや、ぶつかり合う音か。やかましいったら、ありゃしないのだ。
「テッド君・・・・・・」
遠くの海を見るアルドの横顔が、霞のように薄れていく。白い光に包まれていく。
「もうすぐ、港だ」
ドンドンドンドンと、ドアを叩きまくる騒々しい物音で、テッドはベッドから跳ね起きた。数ヶ月ぶりの、しかも上等なベッドの寝心地の余韻にひたる暇も与えられず、起きて早々テッドは部屋の出口へダッシュする。これまた久方ぶりに着た、用意してくれていた洗い立ての綿のパジャマ、その上にいつもの上着を習慣で羽織ってから。
「ハイハイハイハイっ!」
テッドはドアを容赦なく叩き続ける主に対して、自分が起きていることを、必死に大声でアピールする。
(しょっぱなから寝坊なんて、立場ないぞ!)
と、テッドは本気でアセるのだ。昨夜、みんなで朝ご飯を食べましょう、という話をしたのを思い出す。その時しか、この家の住人が一堂に集まれる時間は、しばらく作れないからと。俺以外にも、ここマクドール家には、居候が何人もいるっていうだから!
「ハイ!」
笑顔でテッドはドアを勢いよく開けた。
(アレッ?)
そして、テッドは眉を下げた。長い廊下の右に左に、キョロキョロする。
・・・・・・誰もいない。
ドアを叩く音は気のせいだったのか?まさかっ!それとも、他の部屋のドアだった・・・?
ハアとテッドは溜息をつく。まったく、とんでもない起こされ方だ・・・。ドアを閉めベッドに戻るに、時間が分からなかったので、手早く身支度をすませる。慌しく部屋をでて、階段を下りた。
流石名のある将軍さまのお屋敷。少々古さはあるが上品な造りで、手入れも行き届いていて綺麗。昨夜遅くに着いた時は、そう感動する余裕すらなかったけれど。人の姿を探しながら、テッドは1階をうろつくに、(こんな立派な家に住めるなんてめっけもんだ!)、とちょっぴり嬉しくなってみる。ま、ちょっとの間だけど。
美味しそうな匂いがしてきた。寒い今朝のような日には、特にイイ。
シチュー。その匂いが誘う方へと、テッドは歩く。少しづつ話し声が聞こえてきた。
「坊ちゃん。ちゃんとテッド君を起こしてあげましたか?」
「したよー」
おどけた少年の声が答える。
「・・・・・・。坊ちゃん!」
半開きになった厨房のドアの隙間から、若い男性の後姿が見えている。金色の長い髪を後ろでゆるやかに束ねている、すらりと長身の青年。昨夜一人で、自分を迎えてくれた人物だ。白いエプロンをつけてる・・・。どうやら、彼が料理を作っているようで。その彼の周りをチョロチョロつきまとっている『ガキ』がいる。どうみても、じゃれているようにしか思えない。そして、さっき、テーブルにのっていた料理をつまんだようで、料理人の彼におこられた。さらに多分コイツこそが、自分を叩き起こしてくれた張本人であろう。
テッドは二人の様子をうかがい、キリのいいところで中に入る。
「おはようございます。グレミオさん」
テッドの朝の挨拶に、彼が笑顔で振り返る。
「おはようございます!テッド君。よく眠れましたか?」
END
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