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幻想水滸伝短編小説・目次

 海の漢
幻想水滸伝4 トロイ


 普段から寡黙な彼ではあるが、こうして、夜の甲板に一人で佇むのは、心に重いものを抱えている時だ。
 まあ、今回は不満か。
 気にくわぬことがあると、きゅっと固く口を結んで、それ以上話そうとはせず、無言の反抗、どこかに一人で勝手に行ってしまう。この習性は、子供の時分から変わってはいない。
(やれやれ。何歳になっても、純な若様のお世話は骨が折れる)
 コルトンは歩きながら、立ち尽くす彼の後姿に声をかける。
「トロイ殿。夜の海に何を見ますかな」
 トロイと呼ばれた背の高い青年は、甲板の縁に手をのせたまま、振り返りもしない。
「竜宮でもお探しか?」
「コルトン」
 低い、落ち着いた声を発して、彼は振り返る。
「何の用だ」
 不機嫌な顔。
「大将が、こんな夜更けに甲板をフラフラしていては、示しがつきませぬぞ」
 老人は、両手を腰にあてて、進言。
 構わぬ。
 と、ばかりに、トロイは肩をひょいと持ち上げて見せて、ぷいとコルトンに再び、背を向けた。

「未だ、納得されておられないようですな」
「南進政策に異論はない。赤月に対抗するには、『南の団結』が必要だ」
 背を向けたまま、トロイは言う。
「ただ、」
 コルトンは彼の側についた。
「腑に落ちぬのは、クレイ商会。総督が何故、あれほどまでに、グレアム・クレイを信用なさるのか。・・・・・・理解できぬ」
 トロイは夜の海の彼方をじっと見据え、コルトンは、相も変わらず極めて率直な御方だ、と思う。
「そういったことは、軽はずみに口にするものではありませぬぞ」
 どこに耳があるものやらと、点々とランプが灯るだけの暗い甲板の四方を見渡す。
「クレイ商会にまつわる黒い噂が気になるのは分かりますぞ。しかしながら、彼らの協力があってこそ、」
「ああ」と、青年は急いで、老人の小言が長くなるのを遮り、はっきりと言い切る。
「莫大な資金力。その出所にこだわるほど、私はもう子供ではないよ」
(さあ。どうですかな)
 コルトンはすぐに思ったが、口には出さなかった。

「奴は止まっている」
「・・・・・・クレイ殿のことですかな?」
 唐突なトロイの独り言に、コルトンは訝しげに眉をひそめる。
「万物は流転する。海の潮の如く。生は、流れてこそ、生と成る。・・・・・・しかし、グレアム・クレイからは、全く流れを感じない」
 心地よい夜風が、彼の黒い前髪をさらさら揺らす。海を生き場とする彼は、独特の感覚をもって、しばしば物言う。
「コルトン。流れを失った水の行く先は、どこだと思う」
 コルトンに答える猶予も与えず、ぽつりと。
「永遠の死、さ」
 足にまとわりついてきたマントを軽く払いながら、
「簡単に言えば、奴は腐った魚の目をしているということさ」
 トロイは冷ややかな笑みを口元に浮かべた。

「トロイ殿。思いは其々かと存じ上げますが、」
 溜息混じりに、コルトンは言う。
「グレアム・クレイに注意こそ払いはすれ、利用すれば良し。今回の進軍は、我が国にとっても重大な岐路。総督は、トロイ殿の御活躍を期待しておられる」
「私の出る幕はないかもしれんよ」
 と、トロイ。
「弱者を一方的に攻め立てるのは、私の本意ではないのでね」
「確かに。今は脅威となる軍事力を有す勢力は見当たりませんがな」
 相手に不足があることも、彼にはどうやらつまらぬらしい。
「しかし、油断は禁物ですぞ。義賊を名乗る海賊共をどう手懐けるか。新たな抵抗勢力が台頭してこぬとも限りませんからな」

 そして、少し間が空く。
「・・・・・・トロイ殿。よく御承知とは思いますが、」
 心配そうにコルトンが続ける。
「クレイ殿の前で、そのような態度は、お控えなされよ」
「・・・・・・判っている」
「思いは内に封じ、自分を偽ることも、時として必要なのです」
「・・・・・・」
「それに、」
「ところで、コルトン。ヘルムートもこちらに向かっているそうだな」
「は。愚息、自ら名乗りをあげましてな・・・・・・」
 老人は、少々面食らったように、動きを止める。
「ヘルムートとは三年近く会っていないな。立派な若者になっただろう。お前にとっても、年をとってから出来た息子は、さぞかし可愛いだろう?どうだ。私の面倒をみるより、息子の側についていたいのではないか」
「トロイ殿!」
 コルトンは力を込めて、たしなめる。
 そして、老人は顔を真っ赤にすると、そそくさと階段の方へと歩き出した。振り向き様に、大声をだす。
「早く、部屋に戻られるのですぞ!」

 甲板は静けさを取り戻した。
(まったく。世話好きな爺さんだ)
 トロイは思った。
(若い時分から世話にはなっているが。何時までたっても、子供扱いは考えものだな)
 先程の、いつもは冷静な判断を心する参謀の慌てふためく姿。
(年寄りを退散させるには、愛息子の話に限る)
 可笑しく思う。
『思いは内に封じ、・・・・・・』
 コルトンの言葉が不意に甦り、眉をしかめた。
(そんなことは、十分わかっているさ・・・・・・、それでも、・・・・・・)
 トロイは背すじを伸ばし、広大な海と向きあった。
 空と海の境もつかぬ、真の暗闇に支配された世界は、恐ろしくもあり、愛しくもある。人の力の遥か及ばぬ、強大な力をもって、海は時空さえ越えて、動き、流れ続ける。
 両腕を広げ、海に捧げよう。
 海よ。我に。大いなる力を。
 大きく大きく息を吸い、大きく大きく息を吐く。
(この思いは、決して封じることなどできぬのだ)
 
 渇望する。
 この胸を掻き乱す、戦いを。嵐の海の如き、激しさ、狂わしさをもって。
 全てを飲み込み、荒れ狂うがよい。雄叫び、海は大きなうねりをあげる。体は熱く奮い立つ。
 この心、欲するは、・・・・・・真の好敵手・・・・・・。


 トロイ達を乗せた船は、南に進路をとる。
 その先には、故郷を追われ、あてどもなく彷徨う人々を乗せた船が漂う。
 出会いは、もうすぐ。

END