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不安と恐怖に怯えて体を小さくする。動かせない体の一部をかばいつつ、裸の地面に体を横たえる。陽はあたらず、ひんやり冷たい。生い茂る低木のわずかな空間に身を潜める。『イエ』は遠く、『テキ』は近い。痛みを我慢して済むのなら、すぐにそうしよう。しかし、動き出すことなど当分できそうもない。運命が味方することを期待するしかない。只、じっと此の侭、耐え続けるのだ。
ピンと緊張した耳は、遠くからこちらに向かって来る、微かな足音をキャッチした。瞬時に体は凍り付く。わずかの震えも許さず、息を押し止め、一切の物音を排除するよう努める。けれども、空気中に漂う新鮮な血の匂いだけは、どうあがいても抑えようがない。丁度良き道標のように、まさに足音は、こちらを目指してくる。それが、すぐそこらで止まり。乱暴に。ガサリガサリガサリと頭上近くで騒ぐ無情なる音。低木の硬い枝葉を次々に折り、掻き分けていく。
遂に、秘められたその姿は顕わとされる。
見上げれば、光の眩しさと顔が在る。不自由な体を必死にもたげて。ケは逆立ち、ウナリゴエは上がり、キバは剥きだす。小さな体で精一杯に虚勢を張る。無駄な抵抗だと知りつつ。既に、己の全ては彼のモノである。不気味な両腕が下りて来た。逃れようのない捕獲の時。が。
突如、それは身を翻すと、立てたツメを彼の皮膚に突き刺し破いた。即座に身をよじると手の甲を咬んだ。残された全ての力を振り絞った。じわりと生暖かい鉄の味がした。けれども、自分の体を捉えた手の力は、決して緩まなかった。彼は動じなかった。軽い体は簡単に摘み上げられてしまい、無理矢理、胸の中に押し込められた。
「もう、大丈夫だよ」
事が終わって声を掛けても、体はぐったりと動かないのに、目だけは鋭く、激しい敵意を向けてくる。毛布の上に寝かされた、それ。片足に包帯。
(まあ、無理もないか・・・・・・)
発見場所の側に転がっていた、金属製の鉤爪の罠。酷く格闘したのだろう。痛々しくも所々、血と毛が付着していた。
彼は引き寄せた椅子に腰を落ち着かせ、パキリパキリと板っきれを割りつつ、円柱状のストーブの火中に、それらを放り投げる。
(ほんとは、食べちゃってもイイんだけど、)
横でうずくまるそれは、とても毛並みが良いし丸々してる。けれど、弱りきったモノに手を出すなんて、狩人としてどうかと思うし、何より自身の気が進まぬ。
時折、小刻みに震える体に寒かろうと触れようとすれば、ううと低く唸り威嚇した。
嫌がる体を押さえ付け、膿で汚れた包帯を取り替える。そんな日常を繰り返す内に、包帯は不要となる。逃げられる。だが、衰弱した体に力は無い。用意した餌は、いつも完全な形で残されていた。
「ちゃんと食べなきゃ、いけないよ」
餌の器を下げる時に、彼は優しく言い聞かせる。それは体を強張らせる。
(僕を未だ信用してないんだね)
それでも、今は側にいてやるしかない。心細くないように。そして根気強く待つんだ。
やがて時は経ち、狩から戻った彼は、空になった器に気付く。
小さな舌で、ペロリペロリと牛乳を舐めていた。
動物はとても純粋だから。愛せば、愛してくれる。
心を開けば、素直に信じてくれる。
もう、怖くはないね。
おーいと呼べば、ちょこちょこと、こちらに来てくれる。
瞳からは、何ものをも避けようとする刺刺しい尖りと、奥底に隠された深い苦しみと悲しみは消え去り、本来の穏やかさを取り戻す。優しくて暖かい。汚れなき、つぶらな瞳。うるうると、しっとり輝いている。
体を触らせてくれる。フサフサした柔らかい毛の中に指を絡ませて、撫でてあげる。
体をすり寄せて甘えてくるんだ。
もっと可愛がって・・・・・・。
「何の話?」 と、テッド。
「傷ついた動物の話」 と、アルド。
彼は向こうを指差しながら、テッドにお願いする。
「それ、取ってくれる?」
「ん」
テッドが手を伸ばし差し出した餌箱を、アルドは受け取った。そして、慣れた手つきで釣り針に餌を付けると、上手に釣竿を海に振った。
二人は裏甲板で一緒に釣りをしている。
今日は日差しの強い陽気なので、テッドは暑苦しい上着を脱ぎ捨て、ハイネックのカットソーの両裾を、ひじ上までまくり上げている。
なかなかアタリが来ないので、並んで座って、海でも見ながら話をしている。アルドの口から出ることといえば、やれ、友達だった小鹿の話だとか、やれ、森で出会ったクマさんの話だとか、動物のことばかり。
テッドはちょっぴり呟く。
「お前・・・・・・、動物、好きだな」
「大好きだよ」
アルドは笑って言う。
END
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