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T 船出

 
 風の強い日だった。夏の青い空には、純白の帆が堂々とたなびき、雲は風に吹かれて、あてどもなく流されていく。汽笛が鳴り、出航の準備を整えた騎士団の船は、ゆるやかに沖へと走り出した。これから遠く、オウィス島へ向かう騎士団の家族が、名残惜しそうに手を振って、船を見送った。甲板では、船員が慌しく動き回る。そんな喧騒を他所に、少し離れた甲板に、少年が一人立っていた。いかめしい甲冑姿が、まだ初々しい黒い髪の少年。風になびく前髪もそのままに、ただ黙って、次第に遠のいていく港を見つめていた。
(挨拶ぐらいはしてくれば良かったかな。)
少年は、ふと、まだ慣れない実家のことを思い出した。
(これからどうなるか、わからないっていうのに...。)
少年の脳裏に、彼と同じ色の髪をした女の後姿が浮かんだ。到底親しむことなどできない年輩の男と、女は楽しそうに話している。少年は自分の抱いた甘い考えが急にバカらしくなった。
(あの人は、俺がいてもいなくても関係ないさ。)
無数のかもめが、船の後を追うように、その側を飛んでいく。そのかもめも、沖へと進む内に一羽二羽とその数を減らしていった。そして、いつしか、陸は遠くの霞みの中へと消えていった。

「アルフォンス、ここにいたのか。」
背後で若い男の声がした。その目線の先にあるものに気付いた男は、少年をからかった。
「どうした?もう、本国が恋しくなったか。」
「そんなんじゃない。」
アルフォンスは、きびすを返して男を睨んだ。
「ただ、風にあたってただけさ。」
若い男は、ふっと笑って、「まあ、海の風は気持ち良いからな。」と言った。そして、アルフォンスのすぐ側に並んで、陸のあった方をみつめてつぶやいた。
「いつ帰れるかわからないんだ。こうして、別れを惜しむのもいい....。」
「レクトール。そっちはどうなんだ。お父上、いや、フェ−リス公の姿が見えなかったけど。」
「あの人は今頃、神都ガリウスで会議中だ。挨拶は昨日の内に済ましたよ。それに、息子の出兵の見送りにわざわざ顔を出すような人でもない。」

 船は順調に風に乗り、辺りは静けさを取り戻した。目の前に広がる大海原。船はガリシア大陸の北西に進路をとる。
「オウィス島か..。一体、どんな島なんだろう?」
レクトールは大きくため息をついた。
「全く。遊びに行くような口ぶりだな。人の気も知らずに、のん気なもんだ。」
「これは、失礼。指揮官殿。」
アルフォンスは横目で笑った。
「それは、嫌味か?俺が単独で指揮をとるのも、これが始めてなんだぞ。」
レクトールは、遠く、海を見つめながら言った。
「まあ、その分、お前には期待させてもらおうかな...。」
「任せておけ。」

アルフォンスは海に背を向け、手すりに寄りかかった。
「なあ、レクトール。気になることがあるんだ。」
「なんだ?」
「オウィス島の住民達は、俺達をどう思ってるのだろう?」
「教化政策のことか。」
「そう。」
「まあ、心良く思っていない輩が多いことは確かだ。故郷を焼かれ、親兄弟を殺されたんだ。無理もない。」
レクトールは眉をしかめた。
「特に、最後まで改宗を拒んだ南にはな。」
重苦しい空気を振り払うかのように、レクトールは手を振り上げた。
「しかし、それも15年前の話だ。本国に帰属して以来、島の経済は以前と比べ物にならないぐらい発展した。本国から莫大な恩恵を受けているのは、明らかな事実だ。お前も、スカベッルムの港町に着けば、その賑わいに驚くさ。」
「そういえば。昔、オウィス島に行った事があるって、言ってたね。」
「子供の時の話だ。よくは覚えてないよ。でも、いきなりどうしたんだ?」
仕事を終えた船員が休む船室に、アルフォンスは顔を向けた。
「船員の中にオウィス島出身の者が何人かいるって聞いた。」
「ああ。」
「この船に乗っている騎士の数は少ない。しかも、俺を含めて、経験の少ない者ばかりだ。」
アルフォンスの真剣な顔を見てとって、レクトールは笑いながら答えた。
「そんなに心配することはないさ。彼等は要請してきた南から来た連中だ。
何も、これから南の警護にあたる俺達に、何かするとは考えにくいだろ。」
レクトールは、いたずらっぽく微笑んだ。
「お前にとって、これが初めての海を渡る遠征で、緊張するのもわかるがな。」

(用心しているだけだ。)
アルフォンスは、そう言いかけて、口を結んだ。船室からこちらの方に近づいてくる、一人のクレリックに気付いたからだ。レクト−ルの部下である彼が、自分のことを良く思っていないことを、アルフォンスは知っていた。
「レクトール様、そろそろ中にお戻りください。」
「ああ。」
レクトールは、アルフォンスの方を振り返って言った。
「お前も、中に戻れ。海の風は思っているよりも、冷えるものだぞ。」
アルフォンスは、黙ってうなずくと、二人の後に続いた。


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