| ]U 楽園 |
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| 冬ともなれば、深い雪の下に沈み、昼尚暗い百夜の地に住む、ラーヌンクルスの人々は、夏を何よりも楽しみにしている。今日のような穏やかな夏の昼下がりには、柔らかい太陽の光を体いっぱいに浴びようと、日光浴や散歩に興じる、多くの人々の姿が見受けられる。 万年雪を頂くトウルドウス山脈を背に、北国特有の深い緑の森に囲まれて、白銀の美しい城がひっそりと建っている。オストレア城。伝説の鳥をモチーフにして造られたという優美な城は、この地方を治めるバトラール家の居城である。 |
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| 城に入り、少し奥まった場所にある玉座の間。縦長い窓から差し込む光のもと、甲冑姿の勇壮たる騎士達が側に控える。その玉座に、精悍な面構えをした壮年の男が座っていた。この地方の人々によく見られる銀色の髪に、顎鬚をたくわえ、筋骨隆々、体付きも逞しく、領主というよりも戦士の名こそがふさわしい。それもそのはず、男はこの席に座るまで、白牙騎士団の筆頭騎士として名を馳せていた。武勇に秀でた彼は、騎士達の信任も厚く、病弱だった前領主の兄の死を受けて領主になった今でさえも、敬意を表してジェネラル(将軍)と呼ばれている。 側近の騎士が、お抱えの魔術師の到着を知らせると、男は騎士達を皆下がらせた。ゆっくりと扉が開き、モスグリーン色の柔らかいローブを、肩からゆったりと羽織った少年が中へと通される。金髪で色白の華奢な体付きをした少年は、中性的な雰囲気を漂わせている。 「ナリス様。只今、戻りました」 「セルヴァン。古い書物を漁っていたそうだな。何か手掛かりは掴めたか」 威厳に満ちた声で、ナリスはセルヴァンに尋ねる。 「おおよそ目を通しましたが。大した情報は得られていません」 「西に派遣した部隊は、その後どうなっている」 「先発隊は、そろそろウロデラ岬に着くそうです。後発隊は、メレアグリス山脈を越えている所でしょうか。いづれも、まだ目ぼしい情報は届いていません」 少年の態度は、どこか飄々としている。 「フェ−リス公の息子は、どうなった」 「レクトール殿はグリッルスの森を抜けるのに失敗し、港町スカッベルムに退却してからは、目立った動きはありません。今は態勢の立直しといった所でしょう」 「グリッルスの森は、教化政策の折、多くの民が殺害された場所だ。フェ−リスへの怨念にまみれた地に、みすみす足を踏み入れるとは愚かな奴。どうせなら、取り殺されてしまえば良かったのだ」 玉座の間の扉の向こうが何やら騒がしい。若い少女の金切り声が聞こえてくる。扉が開き、側近の騎士が、あたふたとやってきた。ニッカールについてフォルミド−砦に赴いていた女魔術師が謁見を求めていると伝える。ナリスは通せと指示した。再び開いた扉の前で、両手を腰にあてた少女が側近の騎士を睨みつける。 「ほら。言ったじゃない。大丈夫だって。余計なお世話なのよ」 女魔術師は、頭を下げる騎士の鼻っ先で扉を閉め、短く切りそろえた金髪をなびかせながら、ずかずかと玉座へと続く赤い絨毯を歩いてきた。ナリスの前までくると、今度はすました表情で、スカートの裾をひょいと軽くつまむと、仰々しくお辞儀をした。 「ナリス様。ご機嫌よろしゅう」 「一体、どこをうろついていたんだい?レーテ」 双子の兄であるセルヴァンは、予定を大幅に遅れて戻ってきた妹をたしなめる。 「別に、いいじゃない。ニッカール様よりかは、早く帰ってきたでしょ」 レーテは口を尖らせて、兄に抗議した。 「ナリス様。結局、あのフェ−リスの少年は何も知らなかったわ。あんなに、面倒な事をして、バカみたい。フェ−リス公の坊ちゃんは、内緒で話を進めているみたいね」 「そのローディスの騎士の事だけど、地下牢から脱出した形跡があったようだよ」 セルヴァンが横から話に割って入った。 「えっ」 「ナリス様。どうされます?ニッカール殿に報せますか」 「その必要はない。あいつには報せてよい情報だけ伝えておけ。後々の遺恨になろうとも、あいつに責任を負わせれば良いことだ」 「そう、生きてるの」 レーテは青色の美しい瞳を輝かせた。 「それは楽しみね...。美味しそうな人間、と思っていたのよ」 「...そういうの、僕には、よくわからないな」 セルヴァンは妹の気紛れな性格に、少々飽き飽きしている。 ナリスが口を開いた。 「探索が一筋縄で行かぬ事は、重々承知している。しかし、ローディスに決して先を越されてはならぬ。今後、フェ−リス公の息子がどうでてくるかもわからない。どんな手段を使っても構わぬ、一刻も早く探し出すのだ」 二人の魔術師は深々と頭を下げ主君の命を承った。 二、三の指示の後、玉座の間から退出しようとするセルヴァンを、ナリスが呼び止めた。 「セルヴァン。マリーシアはどうしている」 「ここ数日、お体の調子も宜しいようです。今日は貴婦人方とお庭でお茶会かと」 「イナンナの件、決してマリーシアには伝えるな。あれに、余計な心配をかけさせたくない」 「かしこまりました」 セルヴァンは、一礼し扉を閉めた。 険しい山道を幾つも登っては下り、下っては登り、数日かけて、ようやく山脈も中間、開けた場所に出た。厳しい山越えも、ひとまずは休憩。山の頂上に転がる岩に腰掛けて汗を拭う。汗をかいた後の、ひんやりとした高山のそよ風が心地良い。道中、汲んでおいた小川の水で、乾いた喉を潤した。澄み切った青い空。眼下に広がる雄大な景色。目指す先に見える、紺碧色の美しい湖。 「綺麗な湖だ」 感動したアルフォンスが思わず、つぶやいた。 「死の湖だがな」 側に立っていた女が応える。 「あそこの水は強い酸性を帯びている。あらゆる生物を寄せ付けない」 「夢のない話だなあ」 苦笑いをしてアルフォンスが振り返った。 「あの湖には、ある伝承が残されている。天使の涙が落ちてできた、というな」 女は、淡々と言葉を続けた。 「ここから先は、魔獣達が棲む領域だ。今の内に、十分休息をとっておけ」 「魔獣の楽園だろ。そんなに、魔獣が棲んでいるのかい?」 「行けばわかる」 そう言うと、女はアルフォンスを一人残して森の中に消えた。アルフォンスは着込んでいた甲冑を外し、衣服を緩めると、そこに仰向けに横になった。 フォルミド−砦の地下牢より助け出されたアルフォンスは、騎士の忠誠を誓った女に従い、西へと向かっている。女はシビュラという。今は、島を東西にわけるメレアグリス山脈を越える途中。もうすぐ、アルデア湖に辿り着く。 砦で別れたイナンナ達には、アルフォンスは死んだ、と伝えられていた。部隊は、ラーヌンクルスの手を無事に逃れ、港町に向かったはずだとシビュラは言った。レクトールは、グリッルスの森で部隊に多数の死傷者がでたため港町に退却している。せめて、レクトールだけには本当の事を、自分は生きていると伝えたい。そう、願いでたアルフォンスだったが、シビュラは「騎士団のことは、もう忘れろ」とだけ言った。 シビュラが消えた森から、鷲のような大型の鳥が、空に羽ばたいていく。 (また、誰かと連絡をとっている。) 数日も一緒に二人で旅をしていれば、相手のしている事も次第にわかってくる。あの鳥の足に何か付けて、連絡を取り合っているんだ。 (シビュラは一体何者なのだろう?) 旅の目的は、一向に知らされていない。ただ、西へ向かう。それだけだ。シビュラは、なぜ、自分の命を救い、自分を雇ったのか。フォルミド−砦で会った男の忍者は、明らかに年下のはずのシビュラに常に敬服し、その命令に従っていた。シビュラが、それ相応の実力者であることに間違いはあるまい。 (まさか。用心棒として雇ったとも思えないけどな。) ほどなく、シビュラが森から戻って来た。 「さっさと用意をしろ。私達は遠足に来たわけではないんだ」 魔獣の楽園という言葉が誇張されたものでなかった事を、アルフォンスは知った。森の合間の湿地帯で、ドラゴンの親子が数組、水辺でのどかにくつろいでいる。時折、ケルベロスの遠吠えが聞こえる。森の中に、飛ぶグリフォンの姿がちらほらと見える。さすがのアルフォンスも、これだけの数の魔獣を見た覚えがない。多少、怖気づいたとでも思ったのか、シビュラがアルフォンスに声を掛ける。 「こちらから何かしない限り、大丈夫だ」 「魔獣ぐらい、どうってことない」 すぐに、アルフォンスは強がりな言葉を返した。 大きな翼の羽音と、悲鳴、剣が交わる音。向かう山道の先の異変に二人は気付いた。急いで叢の茂みの中に隠れ、上から下の様子を伺う。数人の騎士達が、茶色い翼を持った有翼人、ホークマンに襲われている。側には、ハンマーで頭をわられた騎士の死体が転がっている。騎士達は、群がるホークマンの集団に必死の形相で切りつけている。 「あれは、ラーヌンクルスの騎士だ」 はばたく羽音が、アルフォンス達の頭上を通り過ぎた。凄まじい勢いで、ホークマン達が騎士達の方へ向かっていった。辺りは、益々騒がしくなっていく。森の至る所から、ホークマンが戦いの場所に集合しているのだ。 「愚の骨頂だ。ここで、奴らに戦いを挑むなど」 頭上から、翼が降り立つ音が間近に聞こえた。と、目の前に突如現われた二人のホークマンは、何言う事もなく、いきなりハンマーを振り上げた。慌てて、アルフォンスは剣に手をかけたが、シビュラが前に立ち制した。身を護ることもせずに立つシビュラに、振り下ろされたハンマーは寸での所で止まった。シビュラはホークマンに軽く頭を下げた。 「私達は貴方達の生活を脅かす気は毛頭無い。ここを抜け、西の町へと向かいたいだけだ。どうか領域を通過する事を許して頂きたい」 ホークマンは互いに顔を合わせ何事かを話し合うと、そのまま空へと舞い上がり姿を消した。あっという間の出来事に、アルフォンスは呆然とした。 「ホークマンは獰猛で好戦的と聞いてたけれど。話がわかるんだ」 「奴らにも、奴らの領域がある。領域を守る権利は誰にでもあるだろう?奴らとて無益な戦いは好まない。ただし油断は禁物だ。奴らは空から監視を続ける。刺激するような行動は慎め」 二人の上空を羽音が再び通り過ぎた。見れば、ホークマン達が、ピクリとも動かない騎士達の体を掴んで、空を飛んでいる。 「どこに連れて行かれるのかな」 「さあな」 騎士達を連れたホークマンの集団は、西の空へと消えていった。 「寄る所がある」 そう言ったシビュラと共にアルフォンスは道無き山道を歩く。引き寄せられるかのように、シビュラは迷うことなく進んでいく。行き着いた先は崖の下。うっそうとした草の茂みに真っ暗な穴が口を開けている。シビュラは入り口の草を掻き分け中に入っていった。驚きながらもアルフォンスはランプに火を付けて後に続く。そこは不思議な洞穴だった。始めは一人づつ入れる程の小さな空間が次第に広くなっていき、遂に石造りの階段が現われた。アルフォンスはここが自然にできた物でないと気付いた。さらに階段を下に降りていくと、先に光が見えた。階段の最後まで辿り着き中に入る。 そこはドーム型の地下神殿になっていた。天井は高く広い。山の中をくり貫き、白い花崗岩を床に敷き詰めている。作られてから大分年月が経っているのだろう。無数の木の根が壁を突き破り、壁からは湧き水が溢れ、小さい水の流れを作っている。中はほのかに明るい。高い天井に穴が設けられ中央にある祭壇に光が差し込むようになっている。 「すごいな。山奥に、こんな神殿があるなんて」 「山は最も天に近い場所。古くから信仰の対象として崇められている」 シビュラは、まっすぐに祭壇に向かうと、立方体の祭壇の周りを調べ始めた。祭壇には見覚えの無い文字がびっしりと刻まれている。 「貴女は、この文字が読めるの?」 「ああ」 「俺には、さっぱりだな・・・・・・」 シビュラは祭壇の文字をひたすら読み続ける。暇を持て余したアルフォンスは神殿の中を見渡した。 絡まる蔦が邪魔をしているが、目線より少し上の壁に何かが刻まれている。蔦を切り払いランプを近づける。手に武器を握り戦う人間の姿。あるいは大海原。波の中には女の姿、波の合間から魚の尻尾が覗いている。 (これは、人魚?) 興味を持ったアルフォンスは、ドームを一周するように飾られたレリーフを順番に見ていく。出入り口すぐのレリーフには、魔獣と亜人間の姿。大地を闊歩する魔獣達。ホークマンが悠々と空を飛び、手を繋いで輪になる人魚が歌い海で戯れる。400年前の楽園の情景。 次のレリーフは、画面いっぱいに帆を張った船。男や女、たくさんの人間が乗込んで、今まさに島に上陸しようという所。場面は移り、人々が手に鍬や鎌を持ち大地を開拓していく様が描かれる。それを、指差し顔を見合わせ、隅から様子を窺う人魚達。 「シビュラ。ここのレリーフは面白いね。多分、オウィス島の歴史を刻んだものだ」 アルフォンスが大きな声で呼ぶと、シビュラは生半可な声で「知っている」とだけ言った。 場面は陰惨なものに変わった。剣や槍を持ち、睨みあう人間と人魚。剣を交わす。矢が飛び交う。剣で切りつける騎士。槍が突き刺さり地に倒れる人魚。一進一退の攻防戦。大陸から移住してきた人間と、島の先住民である人魚との戦争。 物語は、今までの中で最も大きいレリーフに移った。画面下方。重なりあうように倒れる無数の人間と人魚の死骸。それらを踏みつけて、画面の中央は、一際目をひく。一人の人魚が、高々と天に長い槍を掲げる。槍の切先から、四方八方に稲妻が放出される。苦しみもがき倒れる騎士達。 気が付くと、背後にシビュラが立っていた。 「昔、ここは魔獣達の楽園だった。400年前、人間がこの地に訪れるまではな。先住民の人魚と人間との戦いは数十年間続いた。ここは、その時に犠牲になった者達の慰霊のために作られた神殿だ」 次のレリーフは木の根に突き破られて、よくわからない。ただ、両手で顔を覆い、ある者は天に救いを求め、人魚達が嘆いている。そして、人間の勝利。甲冑の騎士達が剣を高らかに掲げ、勝利の勝鬨をあげる。その後ろで、人間を取りまとめたバトラール家の旗がはためく。陽が沈んでいく。夕焼けで染まる西の海へ、逃げていく人魚達。レリーフは終わった。 シビュラは祭壇に戻った。アルフォンスが近づき話し掛ける。 「シビュラ。一つぐらい教えてくれよ。何が書かれているのか」 シビュラは、しぶしぶと言った具合に、地面に膝をつき指差しながら、祭壇に彫られた一文を読んだ。 「ここにあるのはただ始まりばかり。地をはう根、わき出ずる水のごとく・・・大いなる風の手、あるいは太陽の炎のように・・・」 「何それ」 「昔の・・・・・・。創世神話の一節だろう」 再び、アルフォンスに目もくれず祭壇を調べるシビュラの後ろで、アルフォンスは何とも無しに言った。 「なぜ、人間はこの島にやってきたんだろう?人間が来なければ、ここは楽園のままで、戦いも起きなかったのに」 「なぜ?」 シビュラは振り返ると、怪訝な表情でアルフォンスの顔をまじまじと見た。 「お前は、おかしな事を言うな。では、何故、15年前、ローディスはこの島にやって来たのだ?」 「それは・・・・・・。教化政策の・・・・・・.」 アルフォンスはすぐに答えられない。シビュラは立ち上がった。 「もう、ここに用は無い。地上に戻るぞ」 |
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