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 元気で生きているのに、死んだ人間になることは、心苦しい。特に自分を気に掛けてくれる人達を思うと尚更だ。
 数千年前の火山活動の名残。かつての噴火口の跡にできたアルデア湖を右に望みつつ、尾根づたいに西への道を歩くアルフォンスは、別れた人々に思いを馳せている・・・・・・。
 フォルミド−砦で共に戦った仲間達。イナンナ。自分の死を、どうか気にしないでいて欲しい。
 
 レクトールはどうしているだろう?聖炎騎士団のみんなは?アルフォンスは恥ずかしい。敵の罠にかかって死ぬ。海で遭難するといい失態続きだ。
 今頃、レクトールは、きっと悲しんでいるだろう。申し訳無い。期待に応えられず、またもや、辛い思いをさせる。自分が生きていることを、本当は早く伝えたい。

 ーお前達、聖炎騎士団の真の目的は何だ?ー
フォルミドー砦で、ラーヌンクルスの騎士が言った言葉が頭から離れない。レクトールは何をしようとしているのか。この自分にまで、隠していることがあるのか?
(レクトールに会いたい。会って話がしたい。)
 シビュラは、騎士団の事を忘れろと言った。しかし、正直な所、アルフォンスに、その気は無かった。レクトールと今は離れているが、いつかきっと会える。そんな楽観的な考えが、フォルミド−砦で生まれた疑問を解決すべく、シビュラとの契約を今すぐ放棄し、港町に向いたいという衝動を抑えている。
 西に一体、何があるのか。フォルミドー砦の騎士の言葉。先日、森で見かけた騎士達。ラーヌンクルスが西へ向う目的。自分を助けた女、シビュラも西を目指している。彼女は何かを知っているのだ。そして、彼女に伴えば、全ての謎が明らかになるに違いない。

 いつの間にか、アルデア湖は、遠く後方に消えていた。メレアグリス山脈は、どこまでも続く。見渡す限り、青々とした緑の樹海。はるか彼方、霞みに白く連なる山脈は、果てしなく大きな青い空に溶け込んでいく。

 自分の死を悲しむ人を思えば辛い。
しかし、その一方で、アルフォンスが、言いも知れない開放感を感じているのも事実だった。死んだ人間になる。それは、今までの自分の全てを捨てて、何も無い裸の自分で生きる事だ。家柄も身分も経歴も何もかも関係無い、一人の人間として。自分の力のみで生きる。
 シビュラは不思議な女性だ。風のように掴み所が無い。彼女の目的も何者であるかもわからない。そのような正体不明、不可解な行動を取る彼女に従う理由とは。命を救ってくれた恩がある。彼女と交わした騎士としての契約もある。
 でも、それだけではない。

 自分に野心がまるで無いとは言い切れない。地位とか名誉とか、そういうものに大して興味はない、が。ただ、自分が生きているという実感が欲しい。死ぬ時に、自分はこれを成し遂げたと誇れるような。自分の命をかけて。人生の全てをかけて。自分が生きた証が欲しい。今は、それを上手く言うことはできないし、それが何なのかもわからないけれど。
 世界は余りにも広く、その中で、自分は実にちっぽけな存在だ。しかし、その自分が、一体どこまで行けるのか。自分の力を試したい。シビュラは、自分を、未知の世界へ導いてくれそうな気がする。根拠は無い。心がそう感じる。この人に連いて行け、と命じるままに。
(自分は、すでに死んだ人間。行ける所まで行ってやろうじゃないか。)
 青い空を仰ぎ、流れる雲の先に思う。

 快晴。この空は、不安と期待の入り混じった、オウィス島へ船出した時に見た、あの空とよく似ている。
(死んだ人間。)
 アルフォンスは故郷に住む一人の女を思い出した。
(あの人にも、いつか伝わるだろう。あんな人でも、いちおう実の母親なのだから、少しぐらいは悲しんだりするのかな。)



 山脈越えも峠を越し、明後日には麓の町に辿り着くだろう、とシビュラが言った。自然と足取りも軽くなる。大自然の中の野宿も悪くはないが、いい加減、数日間も続くと人が住む町が恋しい。
 原生林に息づく、魔獣を見かけるのにも慣れてきた。人のいない手付かずの自然の中で、魔獣は魔獣だてらに、その生を謳歌しているようにも思える。不審な気配を感じ出したのは、山を下りだして数刻後のこと。山の中腹の草原を歩いていて、こちらを窺う魔獣の異様な気配に気付いた。普段の魔獣であれば、人間に対して最初こそ警戒はすれども、やがては興味を失う。それとは違い、二人の後をじわりじわりと付けてくる。巻こうと急いだが、気配は次第に増えていき、後ろからだけでなく、右からも左からも。そして前からも。人の高さに届く長い緑の草の陰から、遂に狼に似た魔獣が一匹二匹と顔を出した。ケルベロス。胴体に付いた奇怪な二つの頭。全身を覆い尽くす毛が妖しく黒く光る。鋭い牙を剥き出しにして、不気味な唸り声を上げながら、囲んだ二人に詰め寄る。この群れは明らかに野生ではない。案の定、それに後れて、草の中から中年の男が現われた。見るからに魔獣使いのビーストテイマーらしい風貌。鞭を持ち、ばんばら髪に、獣の匂いがぷんぷんと漂ってくる。アルフォンスは剣を抜いた。
「お前は、ラーヌンクルスの手の者か!」
「さあな」
 ビーストテイマーはニヤニヤ笑う。
「綺麗な姉ちゃんと一緒でうらやましいなあ。手取り足取り、色々と教えてもらっているのかい?」
「なっ!」
 アルフォンスは顔を赤くする。
「姉ちゃん。ケツの青いガキよりも、わしの相手をしないかい」
 男の嫌らしい目付きに、シビュラは表情を変える事無く一歩出た。
「お前は下がっていろ。こいつは、私が片付けよう」
「姉ちゃん自らお相手とは、有難い」
「人を見かけで判断せぬことだ」
 凛として立つシビュラの周りをケルベロスの群れが取り囲んだ。
「シビュラ!大丈夫か?」
 シビュラは返事を返さない。ビーストテイマーが鞭をしならせ、くっくっと笑った。
「あとで、泣いても知らねえからな」

 ビーストテイマーが鞭を放った。シビュラはわずかに後ろに引き、それをかわした。手慣れた鞭さばきで、攻撃は次々に続く。しかし、鞭の軌跡を見抜くかのように、シビュラは常に寸での所で鞭を避ける。その動きに無駄は無い。
「せっかくの鞭が、全く役目を果さないな」
 攻撃をかわしつつ、何食わぬ顔でシビュラは言い放った。ちっと舌打ちをして男は、待機していたケルベロスに合図を出し背後から襲わせる。挟み撃ちにされたシビュラは、しかし動じず、即座に身を屈めて横に飛んだ。男の鞭は飛び込んだケルベロスを強かに打ちつけ、キャンっと鳴いてシビュラの脇に落ちた。
「残念だな。お前は、ちっとも私を歓ばしてくれないようだ」
「このアマが!」
 業を煮やした男は、様子を伺っていたケルベロスを一斉に動かした。シビュラは、四方から襲い掛かるケルベロスを見事な体捌きで躱していったが、そのわずかな隙を狙われ、右腕に鞭が絡まった。
「これでもう逃げられないぞ」
 息を荒くした男が鞭をぐいぐいと引っ張る。シビュラは呪文の唱えを終えた。
「リーインフォース」
 シビュラの体が光に包まれ、魔法によって筋力が一時的に増大する。鞭の絡まった右腕をひくと、鞭が男の手からすっぽりと抜けた。
「今度は、私の番かな」
「お前達、行け!」
 武器を失った男は大声で叫んだ。
「鞭はこのように使う物だ」
 呪文と共に、シビュラの手中にある鞭は電気を帯びていく。
「スタンスローター!」
 飛び掛かるケルベロスに向けて、シビュラが横一線に振った鞭から、強烈な閃光が放たれた。鞭に触れた魔獣達は体が麻痺し、ばたばたと倒れていく。
「情けない。お前まで動けぬか」
 振り向くと、男も地面に仰向けに倒れていた。スタンスローターの閃光の巻き添えになって。
「お前に一生私の相手は無理だな」
 シビュラは呪文を唱え始める。体が麻痺して動けない男は必死に懇願した。
「わ、悪かった。わしは頼まれただけだ。助けてくれ!」
「ファイアーボール!」
 ビーストテイマーの絶叫が響く。しかし、ファイアーボールの紅蓮の炎の塊は、ビーストテイマーの頭上を通り越し、青草の茂みを直撃した。

 「出てきたらどうだ?下衆な男を使って実力を計ろうなどと、なめた真似をせずに」
 草むらは激しく燃え上がる。茂みから、全身を炎に包まれた騎士が飛び出してきた。地面の上でのたうちまわり、火は消えたが、そのまま、ばったり動かなくなった。草むらが燃え広がるのを防ぐため、シビュラが水の魔法を使う。水で冷やされた焼けた大地に、水蒸気が立ち昇る。水煙に紛れて、甲冑姿の騎士が数人姿を現した。
「白牙騎士団だな」
「その通り。女と思って甘くみていたが、なかなかの使い手のようだ」
 騎士は、側にいたアルフォンスを剣で指す。
「そこにいる小僧は、砦から逃げ出したとか言うフェ−リスの騎士だな。やはり、お前はローディスの女だったという訳か」
 後ろにいる残りの騎士も、同時に剣を抜いた。
「人魚の槍は、バトラール家の宝。ローディスに渡すわけにはいかない」
 シビュラは敵に背を向けると、アルフォンスを呼んだ。
「アルフォンス。ここはお前に任せよう。お前の実力を私に示してくれ」
「ああ」
 シビュラは後ろに下がる。焼け野原の上で、アルフォンスは白牙騎士団と向き合った。

 大の大人が5人。接近戦に有利な短めの剣を構え、アルフォンスの動きを鋭い目で窺う。互いに、最小限の鎧を身に付けているにせよ、ここは山中、動きやすいように軽装備である。一瞬の油断が命取りになる。じわりじわりと距離を狭めていき、疾くと切りつけた。一人目は、アルフォンスの剣が早く、顕わになっていた右太腿を切り裂いた。間髪入れず、二人目の騎士の剣を受けると、腹に蹴りを入れて、草の中に押しとばす。神聖魔法の呪文が聞こえる。三人目。脇腹めがけて振り下ろされた剣を身を翻して避けて、騎士の背中を切った。
「ライトニングボウ」
 敵の放った光の矢がアルフォンスの左斜め後方から迫る。剣を使う時間も無く、左の小手で払いのけたが、衝撃で左腕を痛めた。ヒーリングを唱える声がする。アルフォンスは表情を険しくした。
(ヒーリングを使われると面倒だ。)
 起き上がり再び襲い掛かってきた騎士の腹に、今度は剣を突き刺して引き抜いた。噴出した血から逃げ、ヒーリングを使う騎士を探す。続いて放たれた光の矢を、走ってかわし、魔法を終えたばかりの騎士の体を切り捨てた。悲痛なうめき声を上げ地面に倒れる騎士をアルフォンスは見下ろすと、一つ所に集まった残りの騎士を睨んだ。
「エアブレード!」
 突然、風の刃がアルフォンスと騎士の間を通り抜けた。アルフォンスは、はっと我に返った。周りが騒がしい。そう遠くはない空に、大勢のホークマンが、こちらに向かってくるのが見える。
「アルフォンス。退くぞ!」
 シビュラが叫んだ。アルフォンスは急いで剣を収め、走ってシビュラの後を追った。二人は草むらの中を走りに走った。しばらくたって、ようやく草むらを抜け森に入ると、やっと後ろを振り返った。遥か後方、戦いの場だった所に、ホークマンが群がっているのが見えた。
「奴らは、領域を戦場にされた事に、ひどく立腹しているのさ」
 姿勢を低く、草に隠れてシビュラが言った。
「後は、奴らが片付けてくれる。急ごう。こちらも見つからぬ内に、な」



 草原の近くに険しい森があったのは幸いだった。上空からの捜索をまんまと逃れ、森を進むと、やがて小さな沼のほとりに着いた。二人はここで歩くのを止めて休むことにする。アルフォンスは血で汚れた手を水で洗い、あざのできた腕に薬草を塗った。シビュラも倒木の上に座り、水筒の蓋を開けた。  沼の青緑色の水面に、周りの木々が写り揺れる。その幻想的な風景を眺めながら、しばしの沈黙が流れる。
 アルフォンスが腰をあげ、シビュラの前に立った。
「正直、驚いたよ。貴女があんなに強いなんて。・・・・・・戦い慣れしてる」
 シビュラは一笑した。
「さっきの白牙騎士団が言っていた人魚の槍。神殿で見た人間と人魚のレリーフ。 」
 アルフォンスは言葉を続ける。
「シビュラ。もう、教えてくれても、いいだろう。一体、貴女は何者なんだ?」
「私は、ローディス教会の人間だ」
 シビュラは、アルフォンスの目をまっすぐに見つめた。そして、左手の二の腕まで覆う長い白い手袋を外し、手の甲をかざした。そこに刻まれた刻印を目にして、アルフォンスは息をのんだ。
「それは、教皇の刻印。貴女は、教皇の手、なのか」
 ローディスの象徴、光焔十字にツタの絡まる紋章。それは、ローディス教会のサルディアン教皇に仕える者の証。
「さすがに、知っていたか」
 シビュラは再び手袋をはめた。
「噂で聞いたことがある。ローディス教会には、教皇の刻印を体に刻んだ忠実なる信徒がいると。教皇の密命を受け、陰で暗躍する。・・・・・・教皇の復権のために」
「フッ。面白い話だな。元老院は今でも教皇の復権を恐れている」
「だけど、まさか実在していたなんて・・・・・・。なぜ、教皇の手がこの島に?」
「美しき人魚の振るう、聖なる光槍の一閃は百の兵をなぎ倒す」
「聖なる光槍?」
「この島の古い書物に書かれていた言葉だ。お前も先日、神殿にあったレリーフで見たはずだ。400年前、この島で起った人間と人魚の戦い。その際に、人魚は光の槍を持って戦ったという。その強大な力は、戦況を一変させるほどだった。しかし、聖槍は戦いの最中、突如として消えた・・・・・・。果たして、そのような聖なる槍は実在するのか。そして、真にそれだけの力を秘めているものなのか。私は去年の夏よりこの島に潜入し、調査を続けている。しかし、我らの他にも聖槍に気付き、それを入手せんと動いている者達がいる」
「ラーヌンクルスの領主、ナリス・バトラール」
 シビュラはうなづいた。
「ナリス公がどういうつもりで聖槍を探しているかは、わからない。しかし、ロ−ディス教国が聖なる教えの元に、強固な国家を維持するためにも、公を放っておくわけには行かない」
 シビュラは立ち上がった。
「アルフォンス。ラーナ海域を知っているか」
「ああ。西のティネア地方にある、西端の海域だろう」
「人間との戦いに敗れた人魚達は、西の海に逃れた。ラーナ海域には、生き残った人魚達が暮らす人魚の聖域があるという。人魚の長であれば、聖槍の行方を知っているかもしれない」
「だから、西へと」
「しかし、ラーヌンクルスも、聖槍と人魚との繋がりに気付いたようだ。我々は何としても、彼等より先に人魚から情報を聞き出し、聖槍を神都に持ち帰らねばならない」

 幾つかの謎は解決した。しかし、ここまで知った以上、もう後に退くことなどできまい。ローディス教国の中枢である教皇が動いている。これは、国家の最高機密だ。アルフォンスは事の重大さに戸惑いを隠せない。
「ローディス教会は、国の祭事を執り行うだけだと思ってた。でも、何故、教皇は聖槍を?」
「余計な詮索はやめておけ。安易な好奇心は身を滅ぼすだけだ」
 シビュラは、アルフォンスの問いを軽く受け流した。
「フェーリスの騎士である事は、すでに捨てたはずだな?過去の立場を引きずっても、何の足しにもならない。現実を見誤るだけだ。自分の立場を認識し、常に最良と思える行動をとれ」
「わかっているよ。貴女の指示には従う。命を救ってもらった事は感謝しているし、約束だからな。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「なぜ、俺を連れてきたんだ?貴女程の力があるのなら、何も俺がいなくたって・・・・・・」
「戦力になるからだ。聖槍を狙っている輩は多い。戦力は、あるに越したことはないだろう?・・・・・・何だ、その顔は?他に理由があるとでも言うのか」
「いや。なんでもないよ。気にしないでくれ」
 アルフォンスは、顔をそむけた。


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