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雨は今しがた勢いを増した。窓から望む外の世界は、昼だというのに暗い。どしゃ振りの雨と風が小屋に激しく打ち付ける。簡素な作りの木の小屋が、壊れんばかりに、ぎしぎしと揺れる。
突然、小屋の扉が開いた。一人の男が中に飛び込んでくる。雨の混じった冷たい風が一瞬通り抜けた。この小屋の持ち主が約束の時間、約束の場所に二人の元に現れたのだ。
ちえっ、とひどい雨にぼやきながら、漁師は頭にまいた鉢巻きをとる。
「こんな嵐の中、申し訳ありません」
小屋で待っていたシビュラが頭を下げる。
「依頼していたラーナ海域への船の件はどうなりましたか?」
「無理だな。この雨では船はだせない」
鉢巻きで、濡れた顔を拭きながら、
「ジェマ湾の外は、もともと潮の流れが複雑なうえ、今は嵐の季節だ。そこを無事に抜けても、ラーナ海域は岩礁が多く航行は危険過ぎる。・・・・・・悪いが協力はできない。これが、俺達の結論だ」
「この嵐が通り過ぎてからで構いません。なんとか、船を・・・・・・」
と、シビュラが食い下がる。
「あんたたち、人魚の聖域を探していると言ったな」
漁師は苦虫を潰したような顔をして。
「バカな真似はよせ。海を・・・・・・人魚を甘く見るな。あいつらはバケモノだ。美しい姿と歌声で男を誘惑しては海に引きずり込む。現に去年の夏も一人やられた。ここにはここの道理がある。何も知らないよそ者が、金や理屈で全て解決できると思うなよ」
半ば怒気のこもった口調に、応えは一つしかない。
「・・・・・・わかりました。ご協力、感謝します」
扉に手をかけつつ、漁師は振り返り言った。
「人魚に会いたければ人魚に聞けばいいさ。人魚を捕まえれば、奴らは歌声で助けを呼ぶ。仲間は彼女をつれ、聖域に帰るだろう」
「話は振り出しに戻る、か・・・・・・」
シビュラは口元に手をあて、溜息交じりにつぶやいた。
漁師が去った小屋に、二人きりになった。嵐が収まるまで小屋にいればいい、との漁師の好意に甘えて。窓の外の嵐を眺めながら、彼女は立ち続ける。
「別の方法を考えねばなるまいな・・・・・・」
薄暗い部屋が一寸明るくなる。続けて、ドドンと大地を揺るがす音。雷雲が近付いている。
アルフォンスは、木の箱の上に座っていた。彼の口は固く閉ざされている。顔はうつむいて。長い間。
朝っぱらから、彼はずっとこんな調子だった。いや、あれから、か。
小屋に響く、嵐の音。
「・・・・・・アルフォンス、聞いているのか?」
彼女が横目でちらりと見る。
「聞いているよ・・・・・・もう、船は出せないんだろう」
ぶっきらぼうな返事だけが返る。
「まだ、あの男の言葉を気にしているのか。何時まで、そうやって、落ち込んでいるつもりだ」
ちっと舌打ちを一回。
「いい加減、自分の言動に責任を持て」
「・・・・・・あの時は、ああ言うしかなかったんだ」
アルフォンスはうなだれたまま口を開く。
「あんなことを言うつもりは無かったんだ・・・・・・」
「何だと?」
「レクトールがあんなことを言うなんて・・・・・・彼が・・・・・・」
「彼なら笑って許してくれるとでも思ったのか。お前の身勝手な申し出を」
「違うよ。・・・・・・いつものレクトールなら、あそこまで・・・・・・」
「虫がいい奴だな。お前は」
呆れた顔を見せて、また、シビュラは窓に顔を向けてしまう。
(レクトール・・・・・・)
心の中で、何度、その名をつぶやいただろう?
あれからずっと頭から離れないのだ。彼が最後に見せた悲しげな顔が。
彼が自分に期待していてくれたことは、誰よりも自分がよく分かっている。自分を思い、いつも力になってくれた。周囲の反対を押し切ってまで、聖炎騎士団の幹部候補生として迎え入れてくれた。この年で、一個部隊を任せてくれた。彼の腹心の部下として、彼から多くのことを学んできた・・・・・・。
心から感謝している。だからこそ、彼の期待に少しでも応えようと戦ってきた。
しかし、裏切ってしまったのだ!自分に対する、彼の気持ちを。
「・・・・・・もう、どうしていいか、・・・・・・わからない・・・・・・」
アルフォンスが重い胸の内を吐露する。荒れる外の様子を見つめながら、シビュラは独り言のように言う。
「そんな様子では、いつまでも子供扱いされても文句は言えぬな・・・・・・」
シビュラがアルフォンスの元にやって来て口を開いた。
「いいか、自由は常に責任とともにある。人は自分の行いを自由に決める権利がある。しかし、その行いによって引き起こされた結果に責任を負う義務があるのだ」
「自由・・・・・・責任・・・・・・?」
「お前は彼を拒絶したんだ」
平然とした顔で、彼女は言い切る。
「今後、彼はお前の敵になるやもしれん。しかし、お前はその現実を受け入れねばならない。受け入れ、それに向き合う義務があるのだ」
「俺はレクトールとは戦いたくない。いや、戦えない・・・・・・」
伏目がちに目をそらすと、
「ではなぜ、誘いを断った? 彼の申し出を受けて騎士団に戻る道もあったはずだ」
彼女が強い声で問いただす。
「・・・・・・しょうがなかったんだ」
「仕方なかった・・・・・・か、どこまでも甘いな」
冷ややかに笑う。
「だから、お前はガキなんだ。過ぎ去ったことをいつまでもグチグチとひきずり・・・・・・。それで、一体、何が変わるというのだ?この状況を誰かが変えてくれるとでもいうのか?」
業を煮やしたシビュラが続ける。
「いい加減、自分の今の姿を省みたらどうだ。自分で決断も下せず、迷い続け、無駄に時を費やす・・・・・・。これで、騎士だと?聞いて呆れる」
「貴女にわかるものか!」
いきなりだった。アルフォンスは徐に立ち上がると、大声で叫んだ。
「貴女にっ・・・・・・俺の気持ちなんて!」
アルフォンスは肩をいからせ、彼女の前に立ちはだかった。顔を赤らめ、噛み付くような目で必死で訴える。
「ああ、わからないさ」
シビュラは両腕を組んだ。
「私は、お前とは違う。他人の心が読めるはずもないだろう?お前の本心など、誰にもわからないよ」
彼女は眉一つ動かさず、冷静にアルフォンスの顔を見つめていた。その視線に、急にアルフォンスは猛烈な恥ずかしさを覚え、顔をふせて腰を降ろした。
「自分は自分。他人は他人だ。その中で、お前が他人を求めることは、一向に構わない」
頭上から彼女の静かな声が聞こえる。
「しかし、お前は彼にはっきりと言ったんだ。騎士団に戻らない、と。今更悩んだところで、お前の道は一つ。一度捨てた者に、帰る場所などあるものか」
彼女の言葉が、じわりとアルフォンスの心にしみる。
(・・・・・・認めたくなかったんだ・・・・・・)
自分自身がレクトールを捨てたこと。自分自身が裏切ったこと。
もう、どうあがいても、「あの時」には帰れないのだ・・・・・・。
ひんやりと足元から冷たさが伝わってくる。床石を少しだけ敷き詰めただけの土の床は、冷たい。側に置かれた小船。潮の匂いがする。
シビュラは、アルフォンスの側の柱にそっと寄り掛かった。
「よいか。アルフォンス。過去に戻ることはできぬ。しかし、やり直しを試みる事はできよう。忘れるな。時間は待ってはくれない。今は過去より続き、未来は今によって方向づけられる」
両手を膝の上で組み、アルフォンスはうつむいている。
「常に考えろ。生きるということは決断の連続だ。我らはその「時」が来るごとに、選び取り続けるしかないのだ」
「その選択は、正しい、間違いといったものではなく、ただ、別の未来に続いている・・・・・・」
「私が言えるのは、これくらいだな」
そう言うと、彼女はアルフォンスから少し離れた所に腰を降ろした。
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