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夏季 Epilogue 前編



 風がオウィスの夏の終わりを告げる。
 柔らいだ日差しの下、澄み渡る青い空に誘われた二人は、磯へ。
 潮引き、海から取り残された黒い海藻が散らばる、浅瀬を歩き、岩間に溜まった小さな水溜まりを覗き込んでいる。
「いっぱい、なんかいる」
 と、アルフォンス。
 こんな小さな水溜りに、たくさんの生物がひしめいているのだ。親指の先ぐらいの貝を背負ったカニのようなものだとか、人差し指くらいの小さな魚とかが。
 隣で一緒にしゃがんでいたエレノアが、目の前の小さな丸い貝をひょいと摘み上げる。
「これ、タマよ。小さいけど、茹でると結構美味しい」
「食べられるの・・・?」
 泥っぽい黒色で、虫のようにコロコロしててて。妙な、へんてこな巻貝。・・・・・・だけど。
「今日の夜、試しに、食べてみる?」
 「う、・・・・・・うん」
 彼が生返事を返す前から、エレノアは持参していた網袋の中に、せっせとそれらを集めだす。楽しそうな声を聞くと、つい・・・止められない。

「この磯浜は色々なものが採れるわね!」
 と、エレノアが辺りを見渡す姿は、実にうきうきしている。
「さすが、ベイレヴラが選んだ海だけあるわ」
「他にも、何かいる?」
「そうね。さっき、岩陰にウニがいたし。カキもたくさんあるわ」
「カキ?どこに?」
「ここにも、たくさんあるじゃない」
 エレノアが指差したものは、アルフォンスはゴミかと思っていた、びっしりと岩にこびりついていた白い物体の数々だった。
「これが、カキ?!」
「そうよ、岩ガキ。ちょっと時期は過ぎちゃったけど」
 彼女は手近にあった丁度良い大きさの岩を拾って、えいやと白い物体目掛けて振り下ろす。ぐしゃりと、貝殻のようなものが潰れて、見えてきたものは、確かに食卓に並ぶカキだった。
「はい」
 と、エレノアがにっこりして、その取り出した中身を差し出すものだから、彼は眉をちょっと下げつつも、それでも受け取り、おいやっと、口の中に放り込んだ。
「カキだ」
 声にだして驚く。
「始めてだと、磯の味がきついかもね。噛むほど甘みがでるんだけど」
 ざりっと一瞬砂を噛む。言われた通り、独特の海の味がじわりと口の中に広がってきて、彼はカキを飲み込んだ。
「・・・・・・平気、・・・かな・・・・・・」
 ぽそりと、彼が思わず呟くと、エレノアは彼の都会っ子ぶりが可笑しかったのか、笑いながら言った。
「海のもので、お腹を壊すことはまずないって、漁師さんが言ってたわ」


 二人が遊ぶ、磯浜の上の青い空は、海の彼方まで続いている。
 今日は、波が少ない穏やかな海だ。
 一艘。北に進む船が見える。たなびく旗の、印はフェーリス。
「どうした、オーソンヌ?」
 と、甲板で海風にあたっていた、レクトールが振り返った。
「あ、・・・いえ・・・」
 と、オーソンヌはそそくさと視線を海に泳がせる。
 レクトールは、その様に、にやりと微笑んで、両手を腰にあて。
「昨日から、お前は俺に何か言いたいようだな?」
「・・・・・・そうですな・・・・・・」
 オーソンヌは年寄りらしい相づちをうつ。そして思い切って、話を切り出すこととする。
「アルフォンスを探さないで宜しいのですか?」
 人魚の娘と共に、海に消えたアルフォンス。しかしながら、レクトール様は二人の行方を捜さず、北に向かうと言う。
「なあに。いずれ、あいつの方から顔をだす」
 と、レクトールは笑う。
「しかし、崖から落ちて、無事かどうかも・・・・・・」
「あのアルフォンスが死んだと思うか?」
 レクトールは得意そうに言った。
「あの、『しぶとい』、アルフォンスが・・・」

(やれやれ・・・・・・。どうしたものか・・・・・・)
 と、オーソンヌは深い溜息をつく。
 あの一件から、レクトール様は、妙に機嫌が良いのだ。
「アルフォンスは未だ何も分かっていないのですよ。自分の決断が何を意味しているのか」
 オーソンヌは言う。
「アルフォンスの行動は、フェーリスへの反逆と取られても、おかしくはありません。彼の一族郎党にその責を問うても、文句は出せませんでしょう。しかし、レクトール様はそのようなことを決してなさらないと思っている。・・・・・・結局、レクトール様に甘えているんですな・・・・・・」
「あいつの頭は、そこまで考えるようには出来ていないよ。何せ、自分のことで、いつも一生懸命なんだからな」
 そう言い、レクトールは海に目を向ける。
「問題は、あいつが、あの人魚の娘から、どんな手がかりを得るか。しかし、それも、もう一つの手がかりを追えばよいこと・・・・・・」
 レクトールは、風で体にかかってきたマントを、ばさりと翻して。
「あいつと再び、相まみえぬなら、それは、あいつの命運がただ尽きただけだ」
 にっと笑う。
「見せてもらおうじゃないか。あいつの覚悟とやらを。どこまで、あいつが一人でやれるのかどうか!」

 船室より、騎士が一人現れ、オーソンヌを呼びに来た。騎士の少し慌てた様子に、オーソンヌは共に、礼もそこそこに船室に引き返す。
 レクトールは一人、甲板に残り、海を眺める。
 もしも。
(あの時、全てを告白していたら。・・・・・・初めから、全てを打ち明けていたら・・・・・・)
 レクトールは自分の愚かな物思いに首を振る。過去に『もしも』などない。
(こうなる日が来ることは、分かっていた・・・・・・)
 彼は目をつぶる。
(あいつは、俺の手の中でおさまる男じゃない・・・・・・)
 初めて会った時から分かっていたことだ。あいつは、いつも、遠くを見ていた。
(もっと、遠くへ・・・・・・。もっと、高みへ・・・・・・)
 何故、あのように真っ直ぐに世界を見られるのだろう?
 何も恐れずに、希望に満ちた未来が来ることを信じている。
 ひたすら。自分の力と可能性を信じて・・・・・・。
(ただ、早過ぎた。それだけのことだ・・・・・・)
 そして、それを承知の上で、アイツに惹かれてたのは、・・・・・・まさしく、この自分。

「レクトール様。伝令の鳥が思わぬ便りを届けてきましたぞ」
 オーソンヌが再び、姿を見せた。
「ラーヌンクルスの御領主殿より、直々の書状。この押印、ナリス殿のものに間違いありません」
 緋色の表紙に、金色の紐にて巻かれた書状を、レクトールに手渡す。
「ラーヌンクルスへのレクトール様のご来訪。心より歓迎致します、と・・・・・・」
「ふっ。歓迎ときたか・・・・・・!」
 書状にざっと目を通したレクトールが、北を望む。
「こちらの行動は全てお見通し、という訳だな」
 書状を強く握った。
「オーソンヌ、ラーヌンクルスへ向かうぞ」
 彼の翡翠の瞳は、前方をじっと見据える。
「北へ!」


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