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U]U 約束 前編 


 港に横づけした船から、大小様々な貨物が、次から次へと運ばれていく。船は到着したばかりで、埠頭にたむろする人々の群れは騒がしい。しかし、その喧騒も束の間のこと。ここを発つ前よりも、船の数や人の数が確実に減っている。
 賑やかな夏は終わった。盛りを過ぎた季節のウロデラ岬の港町は、淡い青色をした晴天に、微かに風が吹いている。
 荷降ろしが一段落すると、再び、埠頭は静けさを取り戻した。

「これを返すよ」
 アルフォンスは、中身のつまった大きな皮袋を騎士に手渡した。受け取った騎士は、袋の口を少し緩めて中を確認する。
「きちんと洗っていなくて、申し訳ないけど・・・・・・」
「これは、お持ち下さい」
 騎士は、皮袋をずいとアルフォンスに差し出した。
「もう、俺はフェ―リスの騎士じゃない」
 それを手で遮って、アルフォンスはきっぱりと言う。
「聖炎騎士団の服は、二度と着ない」
 埠頭にいる二人の近くに、例の聖炎騎士団の船が泊まっている。準備は整った。騎士が乗り込み次第、出航する。
「レクトールには」
 沈んだ声ながらも、騎士の目をまっすぐに見て話す。
「本当のことを報告してくれ。俺が船を奪い、貴方達を監禁したこと。・・・・・・ダミエル達が死んだこと」
 苦しそうに、最後に彼の名を口にすると、彼は目を伏せた。
「貴方は、本当に何も語ってくれませんね」
 騎士は寂しげに微笑む。
「全て一人で背負うとする。他人から誤解されても、弁解がましいことをしないのが、貴方の美徳なのかもしれませんが」
 アルフォンスよりも背が高い騎士は、彼の様子を優しく見下ろしながら話す。 
「ダミエルの件に関しても。彼の最期については、貴方の仲間から教えて頂いた。貴方が責任を感じることはない」
「・・・・・・それは違う」
 反論しようとしたアルフォンスを押し留めるかのように、すぐに騎士は言葉を繋ぐ。
「ただ、敢えて言わせてもらえば、悲しいことがある」
 顔を上げたアルフォンスに。
「貴方がレクトール様の元を離れた訳を。今、貴方が何をしているのか。少しでも、話して頂きたかった」
 暖かい騎士の眼差しに、アルフォンスの心は痛んだ。
 自分が彼にした不実な行為に対して、彼の自分への態度はどうだったか?同じ聖炎騎士団の騎士として、彼は常に誠実に接しくれたではないか。
 側の聳える船を見上げる。印の無い白い帆が、風にわずかに揺れている。船はまた海に旅立つ。聖炎騎士団の駐屯するスカベッルムへと。 
 せめて今度の件で、彼に不当な処罰などが下されないように・・・・・・。
「レクトール様と貴方の間に、何があったのかは存じ上げません。・・・・・・しかし、アルフォンス殿」
 騎士はアルフォンスに改めて向き直った。
「騎士団に戻ってくるのでしょう?」
 にっこりと微笑んだ彼の笑顔には、全く疑いがなかった。それが、アルフォンスには無性に悲しかった。

 前日の夜遅く、アルフォンス達がウロデラに着くやいないや、シウェンは船を離れた。彼の主人であるシビュラの元に行ったのだ。彼女とアルフォンスが落ち合う日時と場所を、後程、彼に知らせに来るはず。
 イナンナは、彼女の三人の臣下と共に、一旦、アルフォンスと別れた。しばらく、この街に滞在するという。何か動きがあれば、必ず連絡して欲しいと、強く言い残していった。
 彼が雇ったドラゴンテイマーとビーストテイマーは、朝になってから、ウロデラ岬の市街地に向かった。彼が紹介所に預けておいた、報酬の残りの分の金を受け取るためだ。

 波の音を聞きながら、アルフォンスは去り行く船を見送っていた。
 やがて、青い海に聖炎騎士団の船は小さくなった。
 彼は踵を返して、再び歩き始めた。

 上機嫌な彼女の声に、ふと我に返ったのは、それから間も無くのことだ。
「アルフォンス!確かに報酬は受け取ったわよ」
 街から港に戻ってきたドラゴンテイマーのティートは、にんまりと顔をほころばせて、たんまりと膨らんだ金貨の入った袋を、早速彼に見せびらかした。
「でも、本当にいいの?こんなにもらっちゃってさ」
「勿論だよ!二人には本当に助けられた。感謝してる」  
 アルフォンスは二人の顔を交互に見て笑った。
「それは、こちらもよ。大変なこともあったけどさ。楽しかった!西の未開の大地と海を冒険できたんだもの」
 ティートは呵呵と笑った。
 ビーストテイマーの彼も、ティートのすぐ側で目を細めている。無口な彼は決して声を上げて笑うことはないが、そんな風にしているのは喜んでいる証拠だ。
「これで、お別れだね。何だか、寂しくなるな」
 笑いながらも、少しばかり感傷的にアルフォンスが呟いた。すると、ティートは袋をバッグにしまい、尋ねてきた。
「アルフォンスは、これからどうするの?」
「仕事は一つ終わったけど。完全に任務を果したわけではないんだ」
 聖槍の行方は、依然として知れず。
「それはまた、この島のどこかでやる仕事なの?」
「そうなると思うけど・・・・・・」
 ためらい気味に、アルフォンスは。
「その仕事を任せてもらえるかどうか、未だ分からないんだ。できれば、やり遂げたいと思っているのだけどね」
「ねえ、アルフォンス。私達って、案外上手くやってきたと思わない?」
「ああ」
 きょとんとしてアルフォンスは、含みの有る声をだした彼女の顔を見る。
「年下の雇い主に連いて行くのって、始めはどうかと思っていたのよ。正直なところ。でも、貴方は仲間のことをちゃんと考えているし、自分の力で、仲間を引っ張っていくこともできる。雇い主として、申し分無いと思うのよ。雇われる方としてはね」
 ティートのストレートな誉め言葉は、どうにも彼にはこそばゆい。
「まあ、無茶をし過ぎるところは、あるけどね」
 ぽろりと彼女が付け加える。
「要は、貴方に提案があるのよ」
 ティートはビーストテイマーと目配せをしてから、アルフォンスに言う。
「私達をまた雇わない?次の仕事にも」
 
 彼女は目を輝かせ、首をちょっとかしげると、彼の反応を伺った。
 彼は、彼女の隣りのビーストテイマーの顔を見た。目が合った彼も、こくんと頷いた。 
 気心の知れている仲間がいるのは、心強い。彼女達の申し出は、とても嬉しかったのだが。
「・・・・・・次の仕事は、本当に未だ決まっていないんだ。どんな仕事になるのかもね」 
「それは勿論、仕事の内容を聞いてから、私達も決めたいと思うわ。その時に、是非、私達に声を掛けて欲しいのよ」
「もしかしたら、今回の仕事よりも遥かに危険かもしれないよ」
 白牙騎士団と戦闘になるかもしれない。
「本当にやばくなったら、さっさと逃げるわよ。だって、金で雇われてるだけなんだもの」
 冗談めかしく、彼女は大声で笑う。
「それに、貴方には荷物持ちが必要だと思うのよ。ドラゴンとグリフォンは、その要求を十分に満たしてくれるわ」
 ティートが片目を閉じて、ウィンクをする。
「幸い、私のドラゴンは、貴方になついているし」
「俺自身、この先、どうなるか分からない・・・・・・」
(彼女が俺を許してくれるだろうか・・・・・・)
 思い浮かべる。嵐の日に別れた彼女。 
 見上げる今日の空は、うっすらとした雲だけで、澄み切った青が広がっていた。そこに、空を隠す迷いなどない。
 きっと大丈夫。明るい顔に変わる。  
「ありがとう。もし、二人に協力してもらえる仕事なら、是非お願いするよ」
「うん。これからも宜しく、リーダー」
 ティートはにっこりとして、右手を差し出した。
 三人は固く握手を交わした。

 昼過ぎになって、ようやくシウェンが姿を見せた。
「これからすぐに面会でも構わぬか」
 と問うシウェンに、彼は、
「ああ。こちらは何時でも」
 と答える。
 シウェンの道案内で、アルフォンスはウロデラの街を歩く。そう長い時間は経っていないのに、どことなく懐かしく感じる。大通りに軒を連ねる、きちんとした店構えの商店の前に、雑多な露天商が建ち並ぶ。以前程の活気は無いが。シビュラと一緒に歩いた街だ。
 シウェンの足が止まった。ああ、ここは、シビュラと泊まった宿屋。
「話は通っている。受付で部屋を教えてもらえ」
「貴方は?」
「私はここで失礼する」
 足早に立ち去ろうとするシウェンをアルフォンスは呼び止めた。
「シウェン。旅の同行、心から感謝している。貴方がいなければ、彼女との約束を果せなかった。今まで、有難う」
「礼には及ばぬ。私は自分の任務を遂行しただけのこと」
 シウェンは平然と言う。
「・・・・・・しかも未だ、礼は早いのかも知れぬのだろう?」
 軽く、シウェンが不敵な笑みを浮かべる。アルフォンスが声を出そうとする。その暇も与えず、シウェンは街に消えた。

 宿屋に入り、主人に部屋の番号を聞いた。廊下を歩く。ローディス専用の宿だけあって、質素ながらも上品な装飾で。
 廊下を歩く。彼女と、やっと会える。こんなにも、心が騒ぐのは何故だろう?
 ドアの前に立つ。ノックをして。返事はない。少しして、ドアノブを回す。中に入る。
 彼女はいた。
 窓際に立ち、腕組みをしている。赤紫色のドレスを着て。くるぶしまで隠すほどのすらりと長いドレス。ブロンドの長い髪を、美しく後ろで結い上げていた。
 窓から降り注ぐ午後の光が、彼女の横顔を染める。
 こちらを振り返った。
「アルフォンス。ご苦労だったな」





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