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U]V 死闘 前編 


「一体、お前は何をしているんだ」
 大急ぎで、アルフォンスの元に駆け寄ったシビュラは開口一番、怒鳴った。
「何を逃げられている?知り合いではなかったのか?」
 彼女が身を潜めていた森のすぐ側を、エレノアが走り抜けていった。彼女の悲しげな泣き声が、シビュラにも聞こえていたのだ。 
 彼女を追って走ってきたアルフォンスは、当惑しながら。
「分からないよ。突然・・・・・・」
「こんな夜更けに話掛けたから、怪しまれたのではないのか」
 と、シビュラは半ば呆れた顔をみせる。

 少し前に、アルフォンス達は、此処、ソレア海岸に到着した。もう夜も遅かったので、教会の近くにキャンプをはり、陽が明けてから彼女を訪ねようと決めたのだが。
 散歩がてら、二人で夜の海を歩いていたアルフォンスは、偶然、エレノアを見つけたのだった。
「彼女に忘れられていたのか?」
「いや。覚えていてくれたよ。始めは、いい感じで話していたんだ。・・・・・・ただ、人魚の話をしだしたら、いきなり様子がおかしくなって。怒り出して」
「・・・・・・?」
「人魚について知ってても教えない、とか。みんなが利用しようとしている、とか・・・・・・。まさか!」
 アルフォンスは、生まれでた推測に同意を求めるようにシビュラを見れば、彼女はうなづく。
「我々の他に人魚について尋ねた者がいるのか。ラーヌンクルスか。もしくは・・・・・・」
「でも、何故?どうして、彼女のことを!」
「あり得る話さ。聖槍を手にするため、奴等も必死なのだから」
 シビュラは思う。
(特に、あの双子の魔術師が、ラーヌンクルスの背後にいるのならな・・・・・・)

 彼女はエレノアが消えた暗い森を見やる。色もなく、黒い夜空に輪郭のみを表す枝葉が、風が出てきたのか、カサカサとざわめき始める。
「どうにも様子がおかしいな。シウェン!」
「・・・・・・はい」
 影はすでに主人の元に。
「教会へ」
 主人の命に、影は瞬時に闇へと消える。
「お前はキャンプに戻り、武装を整えて来い」
 防具といえば金属製の胸当てだけで、腰に剣を帯びただけのアルフォンスに、そう指示すれば。
「戦いになるのか?」
「その可能性がある。もしや、すでに何者かが教会を訪れているのかもしれん」
 彼女が重ねてきた幾たびもの戦いの経験が、不吉な予感を告げる。この風は、・・・・・・。
「急げ!」
 アルフォンスは近くのキャンプに走り戻る。
 一方、シビュラは暗い森の中に分け入った。


 ぬるりと生暖かいものが手に触れた。
 手を見れば黒い。暗くてよく見えないけれど、何かがべっとりと手についている。頭がズキズキと、ひどく痛む。倒れた地面に、円状のシミができているのが見える。頭からポタ、ポタ、ポタ、と落ちてくる。怖い・・・・・・。
 エレノアの体は小刻みに震えている。
「大丈夫かね?刃で斬ってはいないが?」
 ラーヌンクルスの騎士は、前に持った剣の横を左手でこずきながら。
「ここで叩いただけだったが。血が出てしまったかな?」
 笑顔で騎士は、座り込んでいるエレノアを見下ろすのだ。
「これで分かって頂ければ宜しいが?自分の立場というものを・・・・・・」
 騎士はエレノアの胸倉を掴み上げ、無理矢理、怯えた顔を上げさせた。
「私は、お前が死のうと構わないのだよ。情報なんてものは、どこにでも転がっているものだ。お前の情報などなくとも良い。逆に、もし、お前が話さないようならば、進んでお前には死んでもらわなくてはね。敵に余計な情報を与えられでもしたら、それこそ、つまらない話だ」
 さらに、ぐっと上に顔を引き寄せて。感情の無い冷たい目が、エレノアの目を捕らえる。
「お前如きに、選択の権利などないのだよ」

 騎士は乱暴に彼女をつきとばした。エレノアはされるが侭に、再び大地に叩きつけられた。
「何の値打ちもないタダの小娘が、少しばかり人魚の話をするだけで、この島のお役にたつことができる。有難く思えよ」
 頭から血を流しながら、エレノアはじっと騎士の姿を見た。声も出なかった。動くこともできなかった。ただ、その目から、静かに涙が零れ落ちた。
 目の前に立ちはだかる人間。平気な顔で自分を傷つけた人間。
(・・・・・・私は、この人の言いなりになるしかないんだ)
 生きるために。イイ顔をして、この男の機嫌を損ねないように振舞うのだ。
 心は押し潰され、体は固く凍りつく。
 自分の心を殺して、誰かに従うことには慣れていた。無力な自分を激しく侮辱されることにも・・・・・・。
 しかし、絶望と悲しみ、それだけでなく、エレノアの心には、かつてない不思議な感情も芽生えていた。
 力で他者を支配しようとする者への怒りだった。
 それでも、自分に何ができるというのか。圧倒的な力を持つ人間に、どう立ち向かえというのか。
 非力な自分を思うと、悔しさが込み上げてくる。残酷な恐怖に打ち勝つことはできなかったけれども。

 その時だった。
 凄まじい轟音が、場に襲い掛かった。森から。バリバリと折れ裂かれ、薙ぎ倒されていく木々の音に、耳を覆わんばかりに大きく、恐ろしい咆哮。ドラゴンの、巨大な体が闇に踊り出る。次々に破壊されていく森の間から見える。太く鋭い牙を大きく剥き出しにし、体を激しくゆり動かし、吼え威嚇を続ける。
 同時に、黒い人影が森から空に飛び出した。ドラゴンに較べれば小さい、この人影は、木の上の枝に飛び乗り、再び高くジャンプした。
 ドラゴンは、その影を追うように、忙しく二人の側を通り過ぎて、海の方へと下っていった。
「ほう。どうやらネズミが入り込んだようだな」
 騎士は全く動じることなく、それどころか、楽しそうな笑みさえ浮かべて、ドラゴンが行った後に残された、荒れ果てた森の向こうを眺めた。剣を鞘に閉まった。

「さあ、君は教会に戻っていてくれ。神父殿に保護されていなさい。私は、ドラゴンに食われる前に、ネズミの顔を拝んでおきたいのでね」
 騎士の足元に座り込んだエレノアは、顔を上げ騎士の姿を見詰めても、立ち上がることはできずにいた。
「・・・・・・早く行けといってるんだ!」
 苛立たしく騎士は、エレノアの体を蹴り飛ばした。そして、よろめいた彼女の右腕を強引に掴み上げて立たせる。
「逃げるなど考えぬことだ。また、ふざけた真似でもすれば、・・・・・・殺す」
 騎士はエレノアの腕を押し放し、エレノアは、走った。
 しかし教会ではなかった。海の方へと走った。彼女にも、何故、そうしたのか分からない。ただ、無我夢中に走っていた。
 エレノアが海の方に向かうのに気付くと、騎士は剣を抜き追ってきた。全身を隈なく鎧で覆っているにも関わらず、騎士の走りは驚異的に速い。
 彼女の足には十分に力が入らない。まるで空気の上を行くように感じられた。けれども、一生懸命に走る。が、騎士は彼女のすぐ近くに迫ろうとしていた。

 森の中で、きらりと光る。
「ライトニングボウ!」
 暗い森から、輝く光の弾が放たれた。 
 それは、不意をつかれた騎士の頭に直撃する。ヘルムを被っていない唯一の防御が甘い部分に。けれども光の弾は、何らの衝撃も与えずに、騎士の頭に触れた瞬間、かき消すように消滅してしまった。
 続いて、立ち止まったエレノアの体が、白い優しい光に包まれる。彼女が負った傷が見る間に癒されていく。
「エレノア!逃げるのです!」
 若い女の声に、騎士は声のする方を、そして魔法が放たれた森の方を振り返る。
「エレノアー!」
 海に続く道から、鎧を纏ったアルフォンスが駆け上がって来た。エレノアは、アルフォンスを目指して、走った。道の途中で、お互いに駆け寄った二人が出会う。アルフォンスは、エレノアの右手を取ると、すぐに海へと方向を変えて、一緒に走りだした。
 自分の手を強く握り締めるアルフォンスの手が、エレノアには無性に暖かった。


「お久しぶりね。カルキスト」 
 赤い鎧を纏った女騎士が、森から姿を現した。剣を抜いた年輩の男の騎士が、彼女を護るように剣を構えている。
「これは、イナンナお嬢様」
 カルキストと呼ばれた騎士は、和やかな声で返事をした。右手に剣を抜いたまま、左手を左胸にあて、丁寧に頭を下げる。
「・・・・・・六年ぶりですかな?お元気そうで安心いたしました」
 カルキストがにっこりと微笑むと、イナンナは表情をさらに険しくした。
「”血まみれの一匹狼”よ。貴方はどうやら、何も変わってはいないようね。力で全てを支配しようとする・・・・・・」
「ご覧になられました?・・・・・・なあに、彼女には少しばかりお灸を据えただけですよ」
 カルキストは、薄っぺらい笑みをイナンナに向ける。

「彼女に自分の立場を教えただけです。弱い人間というのは、こちらが甘やかしてやると、自分がさも対等な立場にあるように錯覚し、思い上がる。対等であるわけがないのに!力無き者に、選択の自由など在りえないでしょう」
 可笑しそうに声を出して笑う。
「力有る者と力無き者の間には、歴然とした格差がある。力無き者は、力有る者にただ服従するだけのちっぽけな存在に過ぎない」
「貴方の考え方は間違っている。力は他者を服従させるためにあるのではない」
「”守るための力”ですね?・・・・・・貴女の大好きな。だから、貴女は領主の器ではないのですよ」
 微笑みを絶やすことなく、カルキストは続けた。 
「”裏切り者の姫君”よ。かよわい姫君は、ローディスに助けを求められたのですね。貴女がお探しの答えは見つかりましたかな?」

「・・・・・・カルキスト」
 顔に怒りを顕わにする、供の騎士の肩にそっと手を置き、イナンナは冷静に尋ねる。
「叔父上が、貴方をここに差し向けたという事は、それだけエレノアの持つ情報に重要な意味があるということですね?」
「さあ?それはどうだか・・・・・・」
 さも興味が無いように、何処吹く風を装おう。
「・・・・・・まあ、少なくとも。私がここに来たのは、別の期待があったからですがね」
「別の期待?」
 イナンナはいぶかしげな顔をして、カルキストに問う。しかしカルキストは、イナンナに取り合うこともなく、彼女が塞いでいる道の先を眺めた。

「もう、行って宜しいですかな?楽しい用事がありますので」
 カルキストが、イナンナ達の元へ除々に歩み寄って来た。供の騎士の、剣を握る手に力が入る。 
「弱い女が精一杯、強がってみせる・・・・・・。貴女のようなタイプは嫌いではないのですがね。私の欲求を満たすには不十分なんですよ」
 カルキストの顔から、笑みが消えた。
「道を通して頂けますか?」
 鋭い剣を突きつける。
「貴女の力では、どうしようもできません」
 かつてラーヌンクルスの騎士団で、そして師匠の下で、見知った男であり、懐かしい顔でもある。彼の強さは、一部隊を十分に任せられるものであり、師匠も一目置いていた程だった。
 しかし、彼は他人を決して信用することがなかった。いつも一人。部隊を組んで戦うことを強く拒否した。彼にとって他人とは、戦うべき敵か、服従させる弱者でしかないのだ。
 他人を見下し、威圧する態度は、以前からのもの。結局、この男は別れてから数年経っても、何も変わってはいないのだ。
(・・・・・・確かに。私ではこの男に勝てない・・・・・・)
 イナンナは、従者の背中を叩き合図を出した。突如、踵を返すと、海に向かって駆け出した。彼女の後に、従者も続いた。
「イナンナ様!懸命なご判断だ!」
 カルキストは、愉快そうに大声で、イナンナの後ろ姿に呼び掛けた。
 彼は、駆け出しもせずに、ゆっくりゆっくりと歩を進めていく。
 人魚について知っているとかいう小娘。彼女の手を引き、連れて行った少年。
 ちらりと見えた。
(・・・・・・私が用事があるのは、あの少年の方なのでね)






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