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] 砦攻


 北部ラーヌンクルス、白牙騎士団の筆頭騎士である、ニッカール・ブリフォーは機嫌が悪い。ここ、フォルミド−砦を攻めるローディスの部隊の隊長が、若干15歳の子供であることを知ってからだ。ニッカールは思う。ローディスは、俺達をなめている。自分一人を馬鹿にしたわけではなかろうが、無性に腹立たしい。砦の窓から、苦虫を潰したような顔で、何時までも外を窺っている主人に、お付きの兵士が怯えながら声を掛けた。
「ニッカール様。例の南部の女から連絡が入りました」
「なんだ」
「ローディスの騎士の暗殺に失敗したそうです」
 ニッカールは投げ槍に、ああ、と応えた。
「始めから、あの女に期待などしていない。怪しまれない程度に牽制させただけのことだ」
「それと・・・・・・」
 顔色を窺いながら、兵士は小さな声で続けた。
「もう我々に手を貸さないと言っています。しばらく、一人になって考えたいと」
「何っ、一人で考えたい?!そんな、ふざけた事を、この俺にわざわざ伝えにきたのか!」
 ニッカールは、傍らに置く槍の鋭い切先を兵士に突きつけて、怒鳴りつけた。
「い、いえ、違います。その女の口から、イナンナ様の名前が」
「イナンナ!あの前領主の娘か?」
「はい。ローディスの部隊に参加しているそうです。女の伝えてきた風貌も一致しています。偵察部隊も赤い甲冑を身に着けた女騎士がいると。ほぼ間違いありません」
(ふんっ)
 ニッカールは鼻で笑った。
「イナンナ様か。南に逃げたかと思えば、こんな所で会うとはな」
「どう致しますか。ローディスの中にイナンナ様がいることが知れれば、兵士に動揺が走るやもしれません」
「放っておけ。ここにいるのは、イナンナを直接見たことのないような連中だ。いくら、あの女がわめこうが、本物かどうかの区別はつかない。そうだ。あらかじめ、兵士にこう伝えておけ。イナンナ様の名を語る不届き者がいる、とな。殺しても構わぬ」
 兵士は驚いて聞き返した。
「そんな。もし、本物であれば」
「構わぬ、構わぬ。それに、お前もよく考えて見ろ。イナンナは、ローディスの人間と手を組んでいるのだぞ。これは、ますますラーヌンクルスへの反逆行為だ。そうは思わないか。うん?」
 彼が口元をゆがませて同意を求めたため、兵士は何も言い返せない。
 外がにわかに騒がしくなった。砦から次々と、ラーヌンクルスの紋章を付けた騎士達が出てくる。砦を出た騎士達は隊列を組み、北へと退却を始めた。その様子を見て、ニッカールは満足そうに、ほくそえむ。


 「随分と、たくさんでてきましたね。イナンナ、あの騎士達が向かう先は」
「ラーヌンクルスでしょう。あの道は北部への一本道です」
 アルフォンスとイナンナは、岸壁にそそり立つ砦を一望する、高台の上に立っている。海に突き出して作られた古砦は、あたかも海に浮かんでいるようだ。空はどんよりとした曇り空である。冷たい風が海から吹き付けてくる。アルフォンスは敵の部隊を指差し、イナンナに尋ねた。
「あの中に、知った顔はありますか?」
「いえ。見慣れない者達ばかりです。あの馬具に飾られた旗印にも見覚えがありません。きっと、私が脱退した後に結成された部隊なのでしょう」
 馬に乗る騎士達の姿が除々に遠のいていった。
「これでは、砦内に残る兵士は、わずかだ」
「チャンスといえば、そうでしょうが。まさか、退却を始めたとは思えませんけれどね」
 アルフォンスも、また、うなずく。
「クレシダの件から、俺達のことは、おそらくばれているでしょう。これも、俺達を誘き寄せる罠である可能性が高い」
 砦を見下ろしながら、アルフォンスはしばらく考え決断した。
「レクトール達の到着を待ちましょう。何も急ぐ必要はない」
 アルフォンスは踵を返すと、森の中へと引き返した。薄暗い森を、地面を這うように伸びる木の根に気をつけながら、二人は共に歩く。イナンナが口を開いた。
「レクトール殿からの連絡はまだ来ませんか?」
「ええ」
 港町で別れたレクトールは、砦の南部に広がるグリッルスの森から、フォルミド−砦を目指している。しかし、レクト−ル率いる本隊は、予定の到着日を遅れ、連絡も一切途絶えていた。
「グリッルスの森を抜けるレクトール殿の身が心配です。15年前、あの森に逃げ込んだ多くの民が、火をかけられ犠牲になりました。今でも、恨みを捨てきれない亡者達が棲むといいます」
「心配することはありません。レクトールは、ハイプリーストです。亡者の群れに恐れを抱くような奴ではない。きっと遅れているのは、別の理由のためです」
 憂い顔のイナンナを安心させようと、アルフォンスは胸の内にある不安を隠し、平然と返事を返した。


「連中、なかなか、ひっかかってこないな」
 ニッカールは、眉をしかめて、つぶやいた。敢えて、主力部隊を砦から追いだしたものの、期待に反して、アルフォンス達は一向に攻めてくる気配がない。ニッカールは次第に苛立ちをつのらせる。フォルミド−砦の守備隊長のグリマールが彼に提言した。
「ニッカール様。何もこのような面倒な真似をせずとも、一気にローディスの騎士を叩いてしまいませんか」
「まあ、待て。下手に動いて逃げられでもしたら、それこそ困るのだ。生け捕りにしなくては意味がない」
 椅子に腰掛けたニッカールは、貧乏揺すりを止めようとしない。
「だからといって、このまま、本隊と合流でもされては勝ち目はない。奴らを誘き寄せる方法を考えるのだ。方法を」
 ニッカールは爪を噛み噛み、考えを巡らす。しばらくして、良い案を思いついたようだ、いきなり立ち上がると、伝令役の兵士を呼んだ。
「おい。あの女は、どうした?」
「南部の女ですか。先刻、砦から出たようですが」
「至急、連れ戻せ。あの女を囮にするんだ。姿を現さなければ、この女を殺すとな」
「そんな!騎士の誇りを捨てよ、と」
 ニッカールの提案にぎょっとしたグリマールが、慌てて口を挟んだ。
「そう、早合点するな。何も、女を人質に奴らを捕らえよ、と言っているのではない。ローディスの騎士がでてくれば、女はすぐに放してやればよいだろう。後は、力で奴らを叩き潰せばいい」
「もし、ローディスがあの女を見捨てたら?」
「見せしめに殺せ。そもそも、あの女が失敗したのが悪い。折角、こちらがお膳立てしてやったというのに。敵に情けまでかけられて、のこのこと砦に帰ってきたのだからな」
 グリマールは壁に立てかけていた槍を取りに行くと扉へと歩き、振り返り様言った。
「では、グリマール。ここは、お前に任せた」
「えっ?!ニッカール様はどちらへ?!」
 呆気に取られたグリマールの顔に、自分への非難めいたものを感じたニッカールは苦々しく答えた。
「あの小娘が呼んでるんだ。すぐに行かないとうるさいんだ」
「そんな」
「小僧一人、お前で十分だろう。いいな。必ず、あの小僧を生け捕りにするのだ」
 ニッカールは強く念を押すと、さっさと部屋から出て行った。


 偵察の兵士の報せを受けて、アルフォンスとイナンナは砦の見える高台へと、急ぎ駆けつけた。砦の屋上に、甲冑を纏った兵士達が数人見える。その兵士の一人に後ろ手を縛られたクレシダが、前へと突き出された。剣を抜き、兵士が大声を張り上げた。
「ローディスの騎士よ!この近くに潜んでいるのは、わかっている。堂々と姿を現せ。さもなければ、この女を殺す」
 兵士はクレシダの喉元に剣を突きつけた。猿轡をかまされたクレシダが振り解こうともがいたが、無駄な抵抗にすぎない。
「なんてことを・・・・・・」イナンナが剣の柄を強く握った。
「余程、俺達と戦いたいようですね。本隊の到着前に、俺達を潰したいのかな」
 イナンナは、崖の上に集まった部隊を見渡した。そして意を決して、アルフォンスに告げた。
「ここは、私が一人で行きます。ラーヌンクルスの暴挙は止めなくてはなりません」
「待ってください」
 アルフォンスは、すぐにイナンナを引き止めた。
「貴女が行った所で、事態は決して変わりませんよ。彼等が探しているのは俺達ですから」
「しかし」
 反論しようとするイナンナを手で遮って、アルフォンスは偵察の兵士を呼んだ。
「カムイ。砦に残る兵士の数は?」
「はっ。現時点で、20人前後と思われます」
 アルフォンスは振り返ると、イナンナに言った。
「決して、戦えない数ではないでしょう。罠があるのかもしれませんが」
「しかし、貴方達をむざむざ危険に晒す訳にはいきません」
 イナンナは必死に訴えた。
「確かに、不利な状況ではある。けれど、騎士として、この状況を黙って見過ごすことはできません」
 アルフォンスは、イナンナに、にこっと笑って見せる。
「それに、何より、貴女を一人で戦わせたくはないんですよ。必ず、道はあるはずです。それを考えましょう」
 そう言うと、部下の兵士達に、一旦、野営地に戻るよう指示をだした。


 陽が西へ傾むくに従い、雲行きは益々怪しくなってきた。風は一層強くなり、森の木々はざわざわと揺れて騒がしい。灰色の海の波は、砦の壁に叩きつけられ、波しぶきになって消えていく。
「ローディスの騎士よ。これが最後の警告だ。即刻、出てこい」
 待ちくたびれた兵士が、クレシダを屋上の隅へと押し出した。クレシダの体は、もう一押しで、宙へと投げ出される。と、見張りの兵士が声をあげ、森を指差した。砦内がざわめいた。森の中から砦に向かって、一人の騎士が、ゆっくりと歩いてくる。腰には長剣、鉄のプレートでできた胸当てを付け、極めて軽装。黒髪は吹き荒れる風に乱れ、藍色の瞳で、きっと前を見据えると、大声で叫んだ。
「フェ−リス公国より派遣された、聖炎騎士団だ。その人は、俺達とは全く関係無い。放してやれ」
「一人で現われるとは、いい度胸だが」
 アルフォンスが姿を現したとの報告をうけたグリマールが、砦の屋上に出てきた。
「もとより、この女に用は無い。はは。投降するつもりになったか!」
 グリマールは、アルフォンスにそう言うと、部下に合図し、クレシダの縄を外させた。自由になったクレシダは、グリマールめがけて飛び掛ったが避けられて、逆に顔を容赦無く殴られた。
「この砦の守備隊長は、お前か!」
「そうだ、俺が隊長のグリマールだ。まさか、お前のような子供が隊長とはな。よっぽど、ローディスの騎士は、人手不足らしい」
 砦からわっと嘲笑がおきた。
「さっさと剣を捨てろ。命は見逃してやろう」
 アルフォンスは剣を抜いた。
「お前に一騎討ちを申し出る。騎士としての誇りがあるのなら、姑息な手段を使わず、俺と正面から戦え」
「お前のような小僧が、俺に決闘を申し込むだと」
 グリマールは声を張り上げて笑った。
「調子に乗るのも、そこまでにしておけ!俺と戦いたいなど、十年早いわ」
 アルフォンスは構うことなく、再び叫んだ。
「ラーヌンクルスの騎士は、人質をとる卑怯者だけでなく、子供の俺に怖気づく、臆病者の集まりのようだな!」
 彼の挑発に、砦内の至る所から罵声が飛んだ。さすがのグリマールも、これには我慢ならなかった。
「生意気な口をきく小僧だ。望む通りに、相手をしてやろう。ラーヌンクルスの実力を思い知らせてやる」
 グリマールは、羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。
「門を開けろ!お前達は、一切手をだすな!」


 砦の門が徐に開いた。グリマールはチェインメイルで全身を覆い、左手にはタワーシールド、右手にはロングソードを持つ。二人は、砦前の広場で対峙した。二人が並ぶと、アルフォンスが小さく見える。しかし、目の前に立ちはだかる騎士に、アルフォンスは全く動じなかった。
「小僧。大人と子供の違いを十分教えてやる」
 グリマールは、幅広の大剣を抜いた。
「騎士としての能力は、年齢で決まるものではないよ」
 アルフォンスは、剣を握りなおして身構えた。砦内の兵士が見守る中、二人の戦いは始まった。剣のぶつかり合う音が、広場に響き渡る。グリマールの攻撃を、アルフォンスは素早くかわす。一方、アルフォンスの剣はグリマールの盾に遮られる。力で押してくるグリマールの剣に、アルフォンスは防戦一方の体を見せる。グリマールの剣がアルフォンスの左腕をわずかに切った。アルフォンスは後ろに退き、傷を確認する。
「どうした。守るばかりでは勝てないぞ」
 余裕の表情で、グリマールが近づいてくる。
「所詮、ローディスの騎士といえども、子供は子供に過ぎないということだ。おとなしく、投降しろ。そうすれば、命までは取らないでやろう」
 その時、ひょうっと高い音が鳴り響いた。
「鏑矢?」
 グリマールは上を見上げた。放たれた一本の鏑矢が空を飛ぶ。
 突如、アルフォンスの動きが変った。今まで、押さえていた力を、一気に爆発させるかのように、勢い、攻撃に転じた。速い剣さばきは、グリマールを徐々に追い詰めていく。
「くそっ!」
 グリマールは、たまらず声をあげ、重い盾を横に投げつけた。懐に飛び込んできたアルフォンスの頭上から、剣を振り下ろす。しかし、アルフォンスに避けられ、空しく地面をえぐった。その隙をついて、アルフォンスは金属製の糸で編まれた鎧の上から、一撃に右肩を断ち切った。グリマールは悲鳴を上げて、その場に倒れた所、クレリックにヒーリングを唱える時間も与えず、アルフォンスは素早く止めを刺した。アルフォンスは、血で濡れた剣を振って、その血を払った。


 砦の兵士の間に、どよめきがおこった。しかし、それは、指揮官の死に動揺したためだけではなかった。間髪入れず、砦内のあちらこちらで、火の手が上がったからだ。背後に迫る炎に、砦は混乱状態に陥った。
 アルフォンスは、自分の作戦が成功したことを知り、砦の門を抜けて、砦内に攻め入った。広場を囲むように、森の中に散らばっていたイナンナ達、部隊の兵士達がそれに続いた。砦の門から射られた矢を走り抜け、待ち構える騎士に切り掛かる。砦に潜入し、火を放ったニンジャ達も合流した。
 途中、クレシダがその間を走った。血を流して倒れているアーチャ−から弓を奪い取ると、彼女は矢を番えた。しかし、その矢は、白牙騎士団に向けて放たれた。砦内は、戦いで騒然となった。統率を失った白牙騎士団は、次々に聖炎騎士団の手に掛かって、地に伏した。それでも、騎士の誇りが良しとせず、最後まで戦いをやめる事は無かった。しかし、陽が沈む頃には、全ての決着がついた。アルフォンスの部隊長としての初陣は大勝利に終わった。


 空が暗くなってきた。砦内に上がった炎は消され、白い煙が空に昇って行く。アルフォンスは顔についた返り血を拭いながら、聳え立つ塔を眺めた。側に近寄ってきたイナンナに、自分が塔の中に入り、様子を見てくる事を伝えた。
「貴女は、ここで待機していてください。もし、俺に何かあれば、貴女に部隊をお願いしたい。とにかく、その場合は、レクト−ル達と合流してください」
「気を付けてください。戦いは終わりましたが、くれぐれも油断せずに」
 
 イナンナに部隊を託し、アルフォンスは部下を数人連れて、塔に足を踏み入れた。中は、もぬけの殻だった。机は倒され、床には書類が散乱していた。彼は窓から遠くの景色を見渡した。南には、うっそうとした森が、地平線の彼方まで広がっている。
(レクトールはどうしたんだろう)
 アルフォンスは、友の姿を思い浮かべた。
(砦の攻略に成功したと、早く伝えたい)
 と、扉の方で物音がして、アルフォンスは咄嗟に振り向いた。
(しまった)
 アルフォンスの目に見慣れない女魔術師の姿が写った。途端に、全身を猛烈な凍気が包んだ。アルフォンスはその場に倒れ、そのまま深い眠りについた。

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