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後編

]W 復讐

お前は未だ生まれていなかったかもしれない。しかし、これはお前の父や祖父が犯した罪だ。

ローディスにとって、我々は単なる駒の一つ。
お前は、本国の強大さを知らない。一人の犠牲者も出さずに、本国に勝てるとでも思っているのか?
***

 久しぶりに、ベッドの中で眠った。気持ちの良い朝だ。
 アルフォンスは暖かいベッドから抜け出して、明るくなったカーテンを開ける。木造の質素な町並みが、朝日に照らされる。ガタンと窓を開け放つと、清々しい空気が部屋に入ってきた。屋根の上の小鳥が数羽、鳴いて空に飛んでいった。遠くに大通りが見える。仕事場への道を急ぐ大人達の雑踏。店のドアを開け、開店準備をいそいそと始める商人達。近くで子供の声がした。路地の片隅で、洗濯物を干しながら、母親達が賑やかに立ち話をしている。その側で、きゃっきゃっと笑って、子供達が追いかけっこだ。
 昨晩、この町に着いた時に感じた、人気の無い、物静かな印象とは、うって変わって、朝のウロデラ岬の町には幸せな生活の匂いがある。どこか懐かしい気分がする。
(もう少し、このまま、こうしていたい。)
 窓の側の椅子に座り、眩しさに目を細めつつ、朝日の下の光景を眺めながら、アルフォンスはそんな甘い考えに浸っていた。
 ドアノブを叩く音がした。
「アルフォンス。いいか?」
「ちょ、ちょっと待って。まだ着替えてない」
 アルフォンスは慌てて立ち上がると、ドアの外のシビュラに返事をした。
「愚図愚図するな・・・・・・」
 急いで身支度を整えてドアを開けた。手に丸めた地図を持ち、シビュラが腕組みをして立っている。
「おはよう。今日も早いな」
 シビュラは眉をしかめた。
「その調子では、朝食もまだか。さっさと行って来い」
「貴女は?」
「もう、食べた」
「なら、俺の部屋で待っててよ。すぐ戻る」
 アルフォンスはシビュラを部屋に通し、宿屋の食堂に向かう。

 
 昨日の夜、宿に泊まろうと言ったのはシビュラだった。野宿よりも、その方が安全である、と。実際、シビュラが選んだ宿には、警備の者が数人いる。町の中でも高級の部類に入る、この宿は、本国の人間がよく使っている事を後で知った。しかし、高級と言えども、小さい町の話である。こじんまりとした家庭的な雰囲気の宿屋で、食堂に入ったアルフォンスを素朴なおかみさんが迎えてくれた。
 席に座ったアルフォンスの前に、出来たての朝ご飯が手際良く準備される。焼きたてのトーストに、バターとオレンジのマーマレイド。緑のサラダに、白いソフトチーズ。これは、独特の匂いと酸っぱさのあるチーズで、オウィス島の代表的なチーズだそうだ。そして、羊肉の燻製と、レバーのソーセージ。羊の臭みもなく、香草の爽やかな匂い、塩と胡椒のあっさりとした味付けで、美味い。食後のコーヒーを飲んでいると、宿屋の主人と思われる恰幅の良い男が挨拶にきた。
「どうですか。オウィス島は?」
「とても良い島ですね。美しい自然に溢れていて、島の人も暖かくて・・・・・・」
「有難うございます。ここには本国から、大勢のお客様にお越し頂いております。どうぞ、ゆっくりとなさっていって下さい」
「ありがとう」
 アルフォンスはにこっと笑って、コーヒーを一口飲んだ。
「今日は、どちらに行かれますか?」
「・・・・・・未だ決めてないけれど。ウロデラ岬の辺りでも、見物に行こうかな」
「それは、良いですね。あそこは、なかなか見応えのある壮観な眺めですよ。また近くに市場がございますから、新鮮な魚料理でも召し上がってきてください」
「是非、そうするよ」
 シビュラは宿屋に、本国から観光旅行に来ているとでも言ったらしい。シビュラが隠密で旅に出た貴族の貴婦人だとしたら、自分はさしずめ、お付きの護衛といった所か。それにしても、シビュラと自分の二人旅を、宿屋の人間はどう見ているものだろう?笑ってしまう。いづれにしても、何かのボロがでる前に、談話は打ち切った方が良さそうだ。アルフォンスが挨拶をして席を立つと、主人は最後に言った。
「日が沈む頃には、宿にお戻りになられてください。ここ数日、夜になると、武装をした怪しい者達が、町の近くをうろついているそうです。どうぞ、お気を付け下さい」


「ごめん、待たせたね」
 部屋に飛び込んできたアルフォンスの方を、窓辺に立っていたシビュラが、ゆっくりと振り返った。
「朝ご飯、とても美味しかったよ」
「・・・・・・それは、良かったな」
 シビュラは無愛想に返事をして、机の上に地図を広げた。
「私達が今いるウロデラ岬はここだ。人魚の聖域があるというラーナ海域は、更に北西に行った、この辺りの海域を言う。我々はこの町で船を手配し、ラーナ海域を目指す」
「もう、船に乗るのか?未だ陸路は残っているじゃないか」
 ウロデラ岬の西一帯の陸地を指差して尋ねる。
「ビソン湿原か。この一帯は、湿地帯で足場が非常に悪い。その上、気性の荒い魔獣が多く生息する。このルートを取るのは危険だ」
 シビュラは指を西にずらしていき、ある島を指す。
「ラーナ海域の手前、アレーナ島の辺りは良い漁場になっていて、この町の港からも、多くの漁船が出ている。そう、船の手配に手間取らないはずだ。問題は天候だ。これから、夏から秋にかけて、この海域は嵐の通り道になる。天候の良い日を見計らわなくてはな..」
「で、船が見つかってラーナ海域に着いたとして、そこからどうやって、人魚の聖域を見つけるつもり?」
「しらみつぶしに探すしかないだろう。と言っても、全くアテが無い訳でも無い。方法も幾つか考えてはある」
「じゃあ、今日は早速、港に行って船の手配だな」
「ああ。でも、その前に町の市場に寄ろう。いろいろと入用の物がある」
 シビュラは地図をしまった。
「でも、人魚の聖域に行ったとしても、聖槍はそこに無いんだろう」
「聖槍が人魚の手にあれば、今頃、この島に人間はいない。聖槍は突然、歴史から消えた。何者かが奪い去ったのか、聖槍がその力を失ったのか。理由は一切わからない。ただ人魚なら必ず何かを知っている。手がかりは掴めるはずだ」
「だけど、いくら400年前の戦いとはいえ、人魚が俺達人間に、ご親切に情報を提供してくれるとは思えないけど」
「それでも、我々は必ず情報を聞き出さなくてはならない」
 アルフォンスは部屋の窓を閉めた。
「そうそう、夜になると、町外れに武装をした連中が現われると言っていたよ」
「私も聞いた。おそらく、白牙騎士団だろう。奴らが、この町まで来ているとすれば、ラーナ海域行きを急がなくてはならないな」


 ちょうど、貿易船が到着したばかりのようである。市場の通りは、大勢の人でごった返していた。アルフォンスとシビュラは人込みを押し分け、前に進む。
「思っていたよりも大きな町だな」
「ここで取れる真珠は本国で人気がある。特に夏のこの時期は、多くの商人達が訪れるのさ」
 通りには、きちんとした構えの店が軒を連ねる。店の軒に下げられた看板の、羊やら鮭や鱈の魚の絵やらで、店の扱いが一目でわかる。わずかに開いた扉から、香ばしい魚の焼ける匂いがした。また、それとは別に、通りの両側、道にはみだす格好で、露店が数多く立ち並ぶ。布を広げ、或いは台を道端に置き、様々な商品を並べる。民族衣装を身に付けた人形等のお土産品から、見た事の無い野菜や色とりどりの果物、水揚げされたばかりであろう、活きの良い魚介類。威勢のいい売り声があがる。地面に座って、品定めをしていた中年のご婦人が、値段の交渉に大きな声で挑みはじめた。
「おっ、と」
 余所見をしていたアルフォンスは、すれ違い様、向こうから来た男性にぶつかった。軽くお辞儀をした。先に進んで待っていたシビュラが顔をしかめる。
「何をきょろきょろしてるんだ。お前は遊びに来たのか?我々は、」
「わかってるよ。ただスカベッルムでは、あまり良く市場を見てないんだ。食糧や装備を揃えるのは、ほとんど全て人任せだったし。だから、ついつい面白くて」
 シビュラはやれやれと言った具合に、ため息をついて再び歩き出した。
 少し歩いて万屋の看板のある店に入った。羊を中心とする牧畜が盛んである島らしく、店先にはウールでできたセーターやショールなどが飾られている。店内の奥に進むと、薬草や保存食に混じって、武器や防具が無造作に積まれていた。
「お前も必要な物があれば、ここで揃えろ」
 シビュラは、ずしりと重い袋を手渡す。その中身を見て、アルフォンスが驚く。
「流石だな。金に糸目は付けないってわけ?」
「無駄な物には使うなよ。今のお前は余りにも軽装すぎる。鎧や剣を新調しろ。服もこれでは薄着だ。コートも買っておけ」
「夏なのに?」
「これから、すぐに寒くなる」
 人の背の届かない棚の上にまで、いろいろな商品が所狭しと並べられている。アルフォンスは目に止まった一つ一つを手に取り、あれやこれやと試してみた。
 シビュラは、ロカイ草をつぶしてできた丸薬や、メギの枝を煮詰めて作った液状の薬瓶と、燻製などの食糧品を買った。その合間に、アルフォンスは、店内の棚にずらりと飾られた陶器に興味を持つ。黒く光る美しい陶器なのだが、周りがボコボコと変形していて、非常に奇妙な形だ。指差して尋ねたアルフォンスに、シビュラが説明をする。
「あれは、ラヴァセラミだ。溶かした溶岩を陶器の表面にあしらっている。一応、この島独自の名産品かな・・・・・・」
「へえ。火山の多い島らしいな」
「お前の方は、もういいのか?」
「ああ」
 この通り、とすでに着込んだ新しい鎧とブーツを見せる。
「相も変わらず、軽装だな。・・・・・・剣はいいのか?」
「ちょうど、手になじんできた頃だし。今のままでいいよ」
「そうか。なら、店をでよう」
 二人は再び通りを歩き出した。ふと向こうの角から、綺麗なドレスで着飾った若い女性が現われた。この市場の喧騒にはふさわしからぬ。騎士と思われるお供の男と連れ立って、目の前の店に入っていった。看板を見れば、開いた貝の中に丸い球。
「次いでだ。お前にオウィス島の真珠を見せてやろう」
 シビュラはそう言って、先だって店の中へ入る。


「こんな寒い所で、真珠が採れるんだな。真珠は暖かい海で育つんだろう?本国の南のライの海でよく採れると聞いたけど。あそこは暖かい所だよ」
「このジェマ湾のどこかに、海底火山があるんだ。海底から熱水が噴出しているおかげで、水温がかなり高い場所がある。詳しい場所は、真珠採り達の間の秘密だそうだがな。それに、真珠の貝の種類も、オウィス島特有のものだ。寒さに強い」
 アルフォンスはショーケースに両手を乗せて、陳列された真珠をまじまじと見つめる。
「・・・・・・そうだね。本国でよく見る物とは違うような気がする」
「全体的にオウィス島の真珠は小ぶりだ。色も淡い。白にピンクに、ゴールドに黒。良質の真珠は、あんな風に周辺部に青や緑の光が入る」
「ふーん」
 アルフォンスは、シビュラの指差した真珠に視線を向ける。数珠繋ぎに繋がれた真珠のネックレスは、それだけでガラスの箱の中に収められ、鍵がつけてある。
「採れる量が極めて少ないからな。本国でもかなりの高級品だ」
 下に張られた値札の額を見て、アルフォンスはシビュラに苦笑いを見せた。
 真珠を見るのにも飽きたアルフォンスは、その場を離れぶらぶらと歩き出して、店内を見渡す。成程。どおりで、ここはさっき寄った店とは客層が違う。貴婦人の姿がちらほらだが見えるし、側に付き従う騎士も美しい装飾を施された長剣を腰に指し、しっかりとした身なりをしている。ここに居るのは、フェ−リスの人間ではないようだが、おそらく本国の人間には間違い無い。
 そういえば、シビュラが教えてくれた。この町は、本国のための特別な町なのだと。本国の人間は観光や買物のために、この町を訪れ、この町だけに滞在して、本国へと帰る。
(本国の人間は、この町を訪れれば満足なのさ。この町の外の姿を知ろうとする人間などいないのだ。)
 アルフォンスは店内を一通り見ると、シビュラの元に戻った。彼女は紅い珊瑚の枝に飾られた、淡い紫色の真珠のネックレスをじっと見つめていた。それに気付いたアルフォンスが、冗談混じりに言った。
「貴女も真珠に興味があるの?」
「何を、突然」
 シビュラが急に振り返り、一瞬、意表を付かれた顔をしたのが、アルフォンスには、ひどく意外だった。
「きっと似合うと思うよ。貴女の白い肌にも、金髪にも、よく映える」
 シビュラは視線をそらせると、黙って、店の出口に歩いていった。アルフォンスは慌てて彼女の後を追った。
 シビュラは構う事無く、ずんずんと町を歩き続ける。不意に歩みを遅めると、ぼそっとつぶやいた。
「フェ−リスの男というのは、皆そうなのか」
「えっ?....さっきのこと?」
 アルフォンスは、どぎまぎしながら答えた。
「俺は口下手な方だと思うけれど。・・・・・・本当の事を言ったまでだよ」
 シビュラは何も言わない。
「・・・・・・今日は、何だか、貴女もよく喋るね」
 アルフォンスが話を変えた。
「お前といると、どうもお前のペースに引きずり込まれる」
「はは」
 アルフォンスは声を出して笑った。
「それにしても、貴女は本当にオウィス島について詳しいね。知らない事がまるで無いみたいで、びっくりしたよ」
 シビュラは再び考え事をしているかのように、前だけを見て、だんまりとしてしまった。


「どうしたの?」
 シビュラが突然、店の影に入った。
「シッ」
 彼女は口元に人差し指を当て、アルフォンスの動きを止める。
「あの顔には見覚えがある。ラーヌンクルスの騎士だ」
 通りの雑踏を目で追う。
「どうする?」
「アルフォンス。尾行の経験はあるか?」
「いや」
「・・・・・・仕方が無い。後を尾けるぞ」




続く