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V 朝焼

 
 夜更けに吹き荒れていた嵐は、遠くに去り、ソレア海岸には静かな朝が訪れようとしていた。まだ夜も明けきらない、薄明かりの中。海岸沿いにひっそりと立つ古い教会のドアが開き、ドアについている鐘がカランカランと音をたてた。中から出てきたのは、亜麻色の髪をした少女。嵐の後の、冷たく澄んだ空気を大きく吸い込んで、うんっと大きく背伸びをした。
 
 少女は大きな桶を手にすると、少し歩いた先にある井戸に向かった。途中、嵐に飛ばされた、生垣の花が道端に散っていた。
(可哀想に)
 少女は、横目で見ながら、その側を通り過ぎた。井戸で水を汲むと、その足で畑の様子を見に行く。おし倒されていた野菜の支柱を、手早く元のように戻してやり、いくつかの野菜を切って、エプロンのポケットに詰め込んだ。
教会に戻ると、桶の水を鍋にあけ、朝の食事の準備を始めた。やがて、おいしそうな匂いが、台所にたちのぼる。一通り、朝の日課を終え、少女は、ようやく一息ついた。教会の神父は、まだ起きてくる気配はない。少女は、エプロンを椅子にかけて、外に出た。

 東の空には、太陽が、その姿を見せ、嵐の残していった雲は色づき、その周りをたなびいている。少女は、いつものように海辺の砂浜を歩いていた。朝の浜辺を歩くことは、少女の日課だった。少女は、海から昇る朝日が大好きだった。海と空の境界線から、ゆっくりと、光が満ちていく。空が雲が世界が、黄金色に染まる、朝焼け。朝焼けは、いつも、大好きなあの人を思い出させた。
(この海のどこかに、あの人がいる)
そう思うだけで、少女は幸福な気持ちに満たされた。
(私を愛してくれる、あの人が)

 特に、この日は晴れやかな朝だった。柔らかい朝の光を体中に浴びて、なぜか、少女の心は弾んだ。何か良い事が起きるような予感がして、明るくなっていく空に向かって微笑んだ。

 しかし、少し歩いたところで、少女の視界に、浜辺に打ち上げられている無数の残骸がうつった。嵐の後には、時として、このような難破した船の残骸や、哀れな船員達の姿を目にしてしまうこともある。少女は、なるべく、そちらを見ないように努力した。けれども、その中に、倒れている人影を見つけてしまった時、少女の心臓は止まりそうになった。教会で働いていれば、嫌が上にも人の死を見ることもある。少女の働く教会も、元をただせば、この浜辺に流れ着いた者達を慰めるためにできたものだ。しかし、少女は、まだ、死に慣れてはいなかった。できれば、そのようなものに一切関わりたくはなかった。
(でも、もしかしたら、まだ生きているのかもしれない)
少女は、その場から逃げ出したい衝動を必死に押さえ、勇気を振り絞って、倒れている人物の方へと近づいていった。

 その人は、散らばっている木片に紛れて、うつぶせに倒れていた。
(これじゃあ、生きているか、わからない)
少女は、しばらくその場に立ち尽くした。年格好は、少女と同じくらいに見えた。少年だろうか。少女には見慣れない服装をしている。特に、ひどい怪我をしている様子は無い。。少女は、意を決すると、その人を仰向けに抱き起こした。
 
 海に濡れた体は、ひどく冷たくなっていた。ただ、顔をうかがった時に、わずかに息をしていることに気付くと、少女は安心した。
(早く、教会に連れて行かないと)
 少女は、教会のある丘を見上げた。その時、太陽が顔をだし、光が二人を照らした。少年の濡れた黒い髪が朝の光を浴びて、きらきらと光輝いた。少女は、その様を見て、美しいと思った。そして、いつも心に自然と浮かぶ、ある言葉を思い出した。

ー海は、いつも私に幸せを運んできてくれるー




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