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Y 港町

 
 オウィス島は、ガリシア大陸北西部の海に浮かぶ小さな島である。南北に走る山脈、そして中央を横切る大河に育まれた広大な森は、島を3つの地域に分ける。
 一つは、南部のアールセン地方。穏やかな海に面し、平地や丘陵地の多いこの地域は、比較的温暖な気候にも恵まれ、農業や放牧が盛んである。ここは、最も人口の多い場所であり、繊維産業を中心とした産業も発達している。また、本国のある大陸から近いため、本国と島を結ぶ玄関地でもある。アルフォンスが漂着したソレア海岸、そしてイナンナと共に向かっている港町スカベッルムは、この地方に位置する。
 一方、その北部に位置するラーヌンクルス地方は、そのほとんどが森林や山岳地帯で、冬が長く降雪量も多い。痩せた土地や厳しい気候は、人を寄せ付けず、山脈から海へと続く川沿いにつくられた集落に細々と暮らす程度である。人口はかなり少ない。この地方を治めているのは、400年前、人魚との戦争で勝利したバトラール家である。

 かつて、この島は、亜人間や魔獣、そして、海域には人魚だけが棲む、自然溢れる島だった。それが、四百年前に大陸から人間が入植し、状況は一変した。開拓を進め、次第に勢力を増す人間と、先住民である人魚との間には衝突が起き、数十年に渡る戦争が引き起こされた。長く激しい戦いの末、人間は勝利し、残る人魚は島西部の海域へと逃げた。この、島西部一帯の地方は、ティネア地方と呼ばれている。湿地帯で占められるこの地方は、追いやられた魔獣の絶好の棲家となり、人はわずかな地域を除いていないに等しい。まさしく魔獣の楽園となっていた。

 戦いの歴史はまだ続く。十五年前から、オウィス島はローディス教国の属国となった。ローディス教国は、ガリシア大陸西に位置する宗教国家である。ローディス教を国教とする国家民族の集合体であり、アルフォンスの故郷、フェ−リス公国は、初期のローディス教国を興した古参の国家にあたる。四十年ほど前、教皇の主唱により、ローディス教の布教を目的とした光焔十字軍が結成され、周辺諸国に改宗を迫る、”教化政策”が開始された。聖戦の名のもとに、強大な軍事力による異教徒への徹底的な粛清が行われ、多くの国家がその傘下に治まることとなった。
 オウィス島では、南部アールセン地方の人々が、最後まで抵抗を続けたため、たくさんの町や村が徹底的に破壊され、多くの人々が犠牲になった。それをうけ、北部ラーヌンクルス地方では、改宗を柔軟に受け入れ、戦うことなく講和条約を結んだ。北部地方は、条約に調印したバトラール家の領地として正式に認められ、ローディス教国領となった島は、教化政策に派遣されたフェ−リス公国の管轄地となった。

 今回、レクトールを指揮官とするフェ−リス公国の騎士団、”聖炎騎士団”が、再びこの島に派遣されたのは、南部アールセン地方からの要望による。所属不明の軍隊や兵士がたびたびアールセン地方に現われては、住人を脅かしているらしい。住民の安全を守るため、事態の調査と収拾を図るのが、調査隊の目的であった。
 

 アールセン地方南部、リアス式海岸に面した港町スカベッルムは、島随一の交易港である。町は、本国との交易で栄え、様々な、珍しい品物を売る店が軒を連ね、活気に溢れている。しかし、ここしばらく、スカベッルムに普段の賑わいはない。本国から来た騎士団がやってきてからというもの、町には、嫌が上にも緊迫した空気が漂っている。この日、この港町では、南部の有力者が一堂に会し、今後の方針を決定する会議が催された。討議は日の暮れる頃には終わり、調査隊の隊長であるレクト−ルのもとに、結果を伝えるべく代表者が訪れた。町の長の態度は、決して好意的なものではなかった。オウィス島討伐を行ったのは、レクト−ルの父である現フェ−リス公国の公爵、ベラルド・ラスナンティーである。その息子を歓迎しないことは、当然のことだったのかもしれない。南部の決定はこうだった。情報の提供はするが、戦士を派遣するなどの物理的な援助は一切しない。本国には、我々の安全を守る義務があり、そちらで早期解決を図るべきだ、と。
(虫の良い話だ。自分達の町すら、自らの手で守ろうとしないとは)
 レクトールは心の中で思った。十五年前、本国と最後まで戦い続けた戦士の面影はもはやなく、町の民は戦うことを極度に嫌い、拒絶した。
(まあ、こちらにとっても、その方が動きやすい・・・・・・)

 会談の場から居室に戻ると、レクトールは側近の騎士を下がらせ、彼の帰りを待っていた一人の男を部屋に通した。男はフードで顔を隠し、黒く長いローブに身を包み、足音をたてずに近づく。
「レクトール様。ナーイアの森で消えた部隊を、アルデア湖付近で確認致しました」
 暗い重い声で、男は囁く。
「アルデア湖は、西と南を隔てる山脈にある湖だったな。やはり、連中は北には戻らなかったということか」
 レクトールは男を横目で見ながら言う。
「御意。おそらく、このままティネア地方最西端の町、ウロデラ岬を目指すものと思われます」
「西か・・・・・・。フッ。人魚の聖域に直接攻め込むつもりか」
「ティネア地方は、手付かずの自然が残る辺境の地。部隊の移動もそう早くはないでしょう。しかし、それはこちらも同じこと。我々も追跡を続行しますが、早急に、騎士団を西に派遣すべきでしょう」
 強要するかのような男の物言いに、レクトールは不満を顕わに顔をしかめた。
「騎士団は南部の要請を受けてやってきたのだ。西に、部隊をすぐに派遣するわけには行かない」
「それは、貴方が解決すべき事です。理由はいくらでもつけられるでしょう?こうしている間にも、連中は着々と情報を収集しているのです。先んずられば、どんな事態に陥るか。・・・・・・貴方の力量が試されている、ということも、どうぞお忘れなく・・・・・・」
 レクトールは、男を睨んだ。
「わかった。西への派遣はなんとかしよう。そう、伝えておくんだな」
「御意」
 男は退出の礼をして、部屋を立ち去った。

 男が消えるとすぐに、レクトールは外に控えていたオーソンヌを呼んだ。腹心の部下であるオーソンヌは部屋に入ってくるなり尋ねた。
「あれは何者ですか?」
「父上がよこした、お目付け役だ。よほど、父上は、ご心配らしい」
 レクトールは吐き捨てるように言った。
「そんなことはどうでもいい。アルフォンスは見つかったか?」
「いえ、まだ連絡はきていません」
「そうか」
 レクトールは肩をおとした。一週間程前、嵐の海に消えたアルフォンスを、騎士団は懸命に捜索した。しかし、何の手がかりもつかめずに、嵐が止むと、船はスカベッルムへと出航した。彼の親友は後髪を引かれる思いがしたけれども、調査隊の隊長として、たった一人の騎士のために、進行を遅らせるわけにもいかなかった。その代り、部下の数人を、そのままルトラ諸島に残し捜索を続けさせていた。それも、時間が経つごとに、アルフォンスの生存を絶望視し、ただでさえ少ない騎士に余計な捜索を続けさせると、不満の声が出始めている。レクトールはそれを知ってはいたけれど、情報がつかめるまで捜索を止めさせる気もなく、彼の忠実な部下も主人に何も言わなかった。
(俺が側についていたのに)
 自分をかばって海に落ちていったアルフォンスの姿を思い出すと、レクトールは後悔にさいなまされる。こんなことで、あいつを失うなんて冗談ではない。あの荒れ狂う海にのまれて生きていることなど、奇跡に近いことだろう。しかし、理由もなく、レクトールは、親友の無事を信じていた。
(あいつは、あんな所で死ぬ人間ではない。この俺が認めている男なのだから)
 塞ぎ込んだままの主人を心配して、オーソンヌが声をかけた。
「レクトール様。今夜は美しい月夜です。気晴らしに少し外を歩きませぬか」
 顔を上げて外を見ると、月のためか、外はいつもより明るかった。レクトールは、年老いた部下の勧めに応じて、特に部下をつけることなく、二人で町をそぞろ歩くことにした。
 




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