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Z 再会

 

 ソレア海岸を後にしたアルフォンス一行は、途中さしたる危険に会うこともなく、日が沈んだ頃には、港町に後一歩の森にまで辿り着いた。森を抜けるとはいえ、港町に続く道は比較的綺麗に整備がなされていたし、月が夜を明るく照らしていたために進み易かった。
 ここに来て、アルフォンスは強行軍で来てしまったことに気付き、イナンナに休憩をとろうともちかけた。二人は道を少し外れて森の中に入り、少し開けたところで腰をおろした。アルフォンスはエレノアから受け取った包みを開けた。夕飯に、二人で食べるように渡してくれたお弁当だった。二人はエレノアに感謝しながら、ハムと野菜のはさまったパンをほおばった。
「エレノアは本当に優しい女の子ですね」
 アルフォンスがイナンナに話し掛けた。
「お二人はどのようにしてお知り合いになったのですか?」
「数年前、私がラーヌンクルスからやってきたばかりの頃です。北からの移住者というのは、とかく目立ち易いもので、いろいろと詮索されたり仕事をもらえないなど難儀をしていました。その時、同じ北出身のエレのことを紹介されまして、会いに行ったのがきっかけです」
「エレノアは北の出身なのですか」
「ええ。北と南の境界の近くにある小さい町がエレの故郷のようです。詳しくはわからないのですが」
 アルフォンスは、朝、人魚の話をしていた時のエレノアの悲しげな顔を思い出した。
「彼女のご両親は、北にいるのですか」
「いえ。エレの家族は、彼女が赤ん坊だった時に、みんな亡くなったそうです。村の焼討ちにあって・・・・・・」
 イナンナは、はっきりと言わなかったが、アルフォンスには十五年前の教化政策のことだと、何とは無しにわかった。そうであるなら、自分はエレノアにとって家族の敵ではないか?そんな自分に優しく接してくれたエレノアの心情を考えると、アルフォンスは複雑な気持ちになった。
 
 食事を終えると、二人は町へと続く道に引き返していった。少し高台になっているこの森の、木の隙間からは港町がちらほら見えた。港に停泊している船が、ぼんやりと松明の光を浴びて見える。その船の中に、帆は降りていたものの、聖炎騎士団の船らしきものを見つけて、アルフォンスは喜んだ。夜の町には、ぽつぽつと家に明かりが灯る。平和で安らかな家族の団欒が、きっとそこにはあるはずだ。

 ふと、アルフォンスが歩みを止めた。そして、暗い森の中を見渡す。
「血の匂いがする」
 アルフォンスはそう言って、剣を握った。イナンナも森の中の異変に気付いた。二人は用心をしながら、そちらの方へ、森の奥へと入っていく。果たして、そこには兵士らしき人物が数人立っていた。そこは森の外れ、港町は崖を降りた、すぐのところまで迫っていった。アルフォンス達は、気付かれないように木の陰に隠れながら、そちらにゆっくりと近づいていく。魔術師の格好をした、リーダーらしき一人の女と三人の兵士。兵士達の足元に転がっている物体の正体が、月の光に照らされて顕わになった時、アルフォンスは、あっと息をのんだ。それは、聖炎騎士団の仲間の兵士達だった。おそらく、数人で見回りをしていた際に、侵入者らしきこの者達に殺されたのだろう。
「アルフォンス。倒れている兵士達は、貴方のお仲間ですか?」
 アルフォンスはそうだ、とうなずいた。兵士達は町を指差しながら何やら話している。そして、崖に生える草に紛れるようにして、町へと降りていった。今から急ぎ、応援を頼んでいては間に合わない。
「イナンナ。町を守るために、共に戦っていただけますか」
「勿論です」
 イナンナは力強く答え、共に兵士達の後を追った。
 
 夜の町には全く人の姿がなかった。家々には頑丈な鉄の扉がしっかりとはめられている。何人の侵入も許さない、十五年前の戦いから学んだ、せめてもの防衛手段なのだろう。二人はしばらく、無言で作業をしている兵士達の様子を物陰から伺っていた。しかし、その内の一人が民家に火を放たんとするのを見て取ると、事態は急を告げた。
「俺が囮になります。その間に、あの男をお願いします」
「わかりました。気をつけて」
 アルフォンスは、草むらから飛び出し兵士の一人に切りかかった。敵の部隊は一瞬ひるんだが、すぐに態勢を整え応戦する。その隙に、イナンナが火を持つ兵士を背後から切り捨てた。敵とアルフォンスは、間合いをとる。
「お前達、何者だ!」
 アルフォンスが叫ぶ。
「そう言うお前達は誰だい。まさか、お前みたいな坊やが、ローディスの騎士じゃないだろうね?」
 鮮やかなローブを身にまとった女魔術師は、愉快そうに笑った。
「平和な町に火をかけようとするなんて。お前達は一体何を考えているんだ!」
 女はムっとした顔をした。
「お前には言われたくないね。ローディスの人間になんてさ」
 そして、今さっき倒されたばかりの兵士を指差しながら、
「それになんだい。不意うちで襲ってくるなんて。騎士の風上にもおけないねえ」と言った。
「何だと!」
「アルフォンス!」
 イナンナの叫び声に、背後に迫る人の気配に気付いたが、遅く、左腕をしたたか切られた。よろけざま、敵の足を払いのけ退いた。敵を挟んで向こう側にいたイナンナが、すかさずヒーリングの呪文を唱える。アルフォンスの体を暖かい光が包み、傷はすぐに塞がった。
「カッカしてもしょうがないわよ。ハハハ。坊やには魔法を使う必要なんかないわね」
 女は嘲るように言い放ち、部下に合図した。
(その通りだ。イナンナがいなければ、危ないところだった。)
 アルフォンスは大きく息を吸い、呼吸を整えた
(レクトールに言われる。お前は戦いになると熱くなりすぎる。冷静になれ、と・・・・・・。)
 一振り、大きく剣を振り集中すると、襲い掛かる兵士の剣と剣を合わせた。


 その頃、聖炎騎士団は、見張りの兵士が行方不明になっていることがわかり騒然としていた。事態を報告すべく、隊長のレクト−ルを訪ねるが、外出したきり未だ戻ってきていないと言う。当のレクトールは、オーソンヌを共として夜の町を歩いていた。

 空を見れば、白く光輝く満月だった。それを眺めてレクトールはふと思い出す。月を見つめると気が狂う、と昔の人は言った。けれど、それを話した側から、あいつは月を見るのが好きだ、と言った。冷たい夜風が顔をなでる。夏の暑さを忘れさせる、静かな月夜だ。自分よりも年下のくせに、遠慮無く物を喋る。一見無愛想で冷たい表情をすると思えば、子供のようにあどけない所を見せたりもする。フェ−リス公国の嫡男として申し分の無い環境に育ち、それにふさわしい才能に溢れた彼であったが、自分には無いものをアルフォンスが持っている、と彼は常に感じていた。それが何かは未だわからない。ただ、アルフォンスの中には、まばゆいばかりの光がある。しかし、それと同時に、深い深い闇が秘められているような気がしてならない。将来が楽しみである一方、危うさを感じさせる。それがレクトールには愛おしくてならない。
 
 突如辺りが一瞬明るくなったと思うと、二人の前方で、夜のしじまを破る、激しい雷鳴が轟いた。サンダーフレア。二人はこの町で戦闘が行われていることを知り、急いでそちらの方へ向かった。

  
 追い詰められた女魔術師は、意を決して呪文を唱えた。
「風雲から出し雷獣よ、その鉤爪で地を引き裂かん、サンダーフレア!」
 アルフォンスは咄嗟に逃げて稲妻の直撃を避けたが、すさまじい衝撃波によって壁に強く叩きつけられた。痛みで顔をゆがめながらも、女の振り下ろした杖をすばやく払いのける。その側には、敵の兵士が三人、血を流して倒れていた。
「坊や!よくもやってくれたわね。でも、これで終わりよ!」
 魔術師は高らかに笑った。
「くっ」
 彼の鎧では魔術の効果を打ち消すことができない。魔術師が再び呪文を唱えるところを、イナンナが剣で襲いかかり、これを防いだ。イナンナは、女とアルフォンスの間に立ちはだかり、静かに女に話しかけた。
「貴女達は、ラーヌンクルスの騎士ですね」
 魔術師の女は驚いた顔を見せたが、すぐに言い返した。
「そういうあんたは誰よ!」
「先ほどのサンダーフレアで、間も無く、ここに騎士が駆けつけることでしょう。もはや、貴女の負けです。おとなしく投降してください。これ以上の戦いは無意味です」
 イナンナは、剣を鞘に戻した。
「何故、このような事をするのです。南部との境界を侵し、人々の生活を脅かす様な真似を...。南との平和な関係を何故、乱すのです?」
「あんたの知ったことじゃないわね!」
 女魔術師は後ろに退き、呪文を唱えはじめた。
「これ以上、無益な戦いはやめるのです!」
「・・・・・・地を引き裂かん、サンダーフレア!」
 後ろにいたアルフォンスがイナンナに飛び掛り、危うく難を逃れた。

 と、天を劈く激しい女の悲鳴が上がった。見上げると、杖を振り上げた女魔術師の右腕に深々と矢が突き刺さっていた。
「アルフォンス!」
自分を呼ぶ懐かしい声がして、アルフォンスはそちらを振り返った。オーソンヌを連れたレクトールが、こちらに向かってくるのを見ると、アルフォンスは心の底から安心した。
「畜生!畜生!」
女は狂ったように叫び続けると、崖の方に後ずさりし、倒れている仲間の兵士の上に、サンダーフレアを落とした。こうして、仲間の口を封じると、女は転移石を使って姿をくらました。

 二人の元に、レクト−ルが駆け寄ってきた。
「無事で良かった」
 レクトールは安堵の表情を浮かべて、アルフォンスを強く抱きしめた。
「ごめん。心配かけて」
 アルフォンスは心から謝った。彼のしゅんとした顔を見ると、レクトールは背中を強く叩いて笑った。
「気にするな。お前が無事で何よりだった」
 聖炎騎士団の騎士達が、やっと現場に駆けつけた。オーソンヌが森を示し、残党がいないか確認すべく指示をだした。事切れた兵士の躯を、騎士が取り囲んだ。
「レクトール、あいつらは」
アルフォンスが言いかけると、
「わかっている。おそらく、ラーヌンクルスの白牙騎士団だ」
と言った。
 レクトールは、二人の側に立つ、赤い甲冑を身に着けた、見慣れない女性に視線を向けた。アルフォンスは、彼にイナンナを紹介した。自分をここまで連れてきてくれ、なおかつ共に戦ってくれた恩人だと。イナンナは黙って静かにおじぎをした。レクトールは、彼女に一言礼を言い、ぜひ宿舎で休んでいくように勧めた。そして、アルフォンスの方を向き直り言った。
「ここは、彼等に任せることにしよう。とにかく、じっくりお前の体験した奇跡とやらを聞かせてもらおうじゃないか」



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