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翌朝、レクトールは、現在の南部の様子をアルフォンスに話して聞かせた。南部の町や村に出没する謎の部隊。これは、北部ラーヌンクルスの領主、バトラール家が保有する白牙騎士団であるとの目星は、ほぼついてきた。今回の襲撃は、港町に駐留する自分達を狙ってのものだろう。白牙騎士団は、町を襲って金品を強奪するような真似はしていない。南部に現存する史跡や遺跡を暴いたり、古い書物や文献を収集するなど、謎の行動をとっている。彼等の拠点となっているのは、港町スカベッルムのはるか北、南と北の国境沿いにある古砦フォルミド−らしい。この砦に様子を伺うため、使者を立てたが、返答は全く無く、逆に攻撃をうけた。現在、不審な軍隊の首謀者を捕らえるべく、フォルミド−砦攻略を検討中である。
レクト−ルは、イナンナを客人として丁重にもてなした。彼女は北部の不穏な動きに気付き、独自に調査を行っていたことを語った。彼が、兵士の派遣などの援助を一切しない南部の意向を伝え、「南部にも貴女のような勇敢な騎士がいらっしゃるのですね」と話すと、イナンナは次のように答えた。
「仕方がないことなのです。アールセン地方は、15年前、本国と最後まで抵抗し戦いました。
その時に、多くの民が親や子供を失った。もう、町の人々は戦うことに嫌気が差しているのです」
イナンナが先の戦いで死んだラーヌンクルスの兵士達を埋葬したいと申しでた時も、多少、いぶかしく思いながらも、その通りにさせてやった。アルフォンスは、彼女が北の出身であることを伏せていた。この恩人に、白牙騎士団出身ということで、迷惑をかけさせたくないとの配慮からだった。
数日後、任務のために町を離れていた一人のセイレーンが港町に帰ってきた。帰ってくるなり、仲間への挨拶もそこそこに、一人の騎士の姿を探す。宿舎に顔を出したが見当たらない。彼女は首をかしげて、レクトールの部屋へ向かった。そして、部屋の前で見張りをしている女騎士に尋ねてみる。
「レイラ。アルフォンス、知らない?」
「お帰り、グレヴィス。アルフォンスだったら、港の方に行くのをさっき見かけたわよ」
「そう。じゃ、行ってみる」
セイレーンは慌しく先を急ごうとしたが、思い出したように立ち止まって振り向いた。
「貴女も大変だったわね。お坊ちゃまの捜索なんてさ」
レイラは少し笑って、「無事でいたから、本当に安心したわよ」と返した。
「貴女の方はどうだったの。グリッルスの森の調査の方は」
「噂の通り、亡霊がでるみたい。でも、うちにはクレリックが何人もいるし。イクソシズムを使えば、そう手間はかからないでしょうよ」
「レクトール様は、午前中会議よ。午後にでも報告にいらっしゃい」
「うん。また後でね」セイレーンは軽く手を挙げて走っていった。
港には、夏の青い空の下、色取り取りの帆を持つ交易船が停泊していた。北の珍しい品物を求めてやってきた、様々な人種の商人達が大声で取引をしている。町の子供達は屋台の間を元気に走り回って遊んでいる。賑やかな町を通り抜け港の外れに来ると、黒い髪の少年が海を眺めながら、ぽつんと両足を抱えて座っていた。
(相も変らず、陰を背負ってるお坊ちゃんね)
セイレーンは思わず吹き出して、気付かれないように、こっそりと近づいていった。
「アルフォンス!」
びっくりして振り向いたアルフォンスに、セイレーンは豪快に笑いかけた。彼より数歳年上の彼女は、昔からの顔なじみだった。
「やっぱり、あんた生きてたのね。そう易々と死ぬとは思ってなかったわよ!」
「ごめん、グレヴィス。心配をかけたね」
「その台詞は、レクトール様に言わないとね。わざわざ、レイラとジャスティンをルトラ諸島に置いてきたのよ。あの落ち込み様を貴方にも見せてあげたかったわ」
グレヴィスは、くすくす笑った。
「貴方の冒険談は聞かせてもらったわ。なあーに。島の女の子に助けてもらったそうね。で、どうなのよ」
「どうって・・・・・・。どうもこうもないよ」
アルフォンスはどぎまぎしながら答えた。
「何か、ロマンスはなかったの?」
「別に」
グレヴィスが面白そうに自分の顔を覗き込むので、ぷいと顔をそむけた。アルフォンスはいつも思う。いい加減子供扱いするのは、やめて欲しい。
「まーた、仏頂面しちゃって。そんなことじゃ、何時までたっても、女の子にはもてないわよ」
「別に。今はそれどころじゃないんだ」
「そうそう、レクトール様は、フォルミド−砦を攻略することを決定されたそうね。貴方が、部隊の一つを率いるって本当?」
「うん。レクトールの率いる本隊が、砦南のグリッルスの森を抜けて攻め入る。俺は、西にあるウェスパ丘陵から攻めることになった」
「すごいじゃない。隊の一つを任せられるなんて!」
15歳の若さで、砦攻略の一翼を担う部隊の隊長に任命された事を、彼女は素直に祝福した。しかし、当のアルフォンスは喜ぶ様子も見せず、うつむいてしまった。
「あー。だから、ダミエルの奴、機嫌が悪かったのね」
「ダミエルが?」
「そうよ。宿舎に行ったらさ、ダミエルの奴、例の取り巻きを相手に、ぎゃーぎゃー騒いでたのよ。貴方、いつか、あいつに寝首を掻かれるもしれないわよ」
「ダミエルには負けないよ」
「ハハ。貴方も案外言うわね」
「でも、何、浮かない顔をしてるの?こんなところで、一人たそがれちゃってさ」
アルフォンスは、大きくため息をついた。
「正直に言うよ。実は、自信がないんだ」
「なんで」
「俺に、そんな大役が努まるとは思わない。誰か、もっと実戦経験のある者を任命すべきだ」
「経験なら貴方だって。聖炎騎士団に入団してから、いつもレクトール様の側にいたじゃない。部隊の指揮の執り方は十分学んできたはずよ」
「でも・・・・・・」
「なに、弱気になっているのよ。戦いの時の威勢の良さはどうしたの!」
隣に座ったグレヴィスが、その肩をポンと叩く。
「それに、フォルミド−砦の戦力はそんな大したことはないらしいわ。部隊の隊長として初陣を飾るには、もってこいの話だと思うわよ」
アルフォンスは考え込みながら、黙って海を見続ける。
「レクト−ル様は、なんておっしゃったの」
「とにかく、やってみろって」
「そうよ。何にでも始まりはあるものだわ。一歩を踏み出さなければ何も変らない。誰かが言ってたじゃない。恐いのは、はじめだけヨ、てね」
「それはそうかもしれない。これは良い機会だとも思うよ」
アルフォンスは空を見上げて、大きく息を吐いた。
「でも、もし、上手くいかなかったら?」
「もしもは無しよ。貴方なら必ず成功するわ。それに、貴方にはレクトール様がついているじゃない」
「俺は、レクト−ルの足をひっぱるような事だけはしたくないんだ」 アルフォンスは、胸の内を思い切って打ち明けた。
グレヴィスは優しく微笑んで言った。
「レクト−ル様は、どんな時でも貴方の味方よ。だって、こんなにも貴方を信頼しているのだもの」
彼女は、声をだして笑った。
「女の私が悔しく思えてくるぐらいね!」
「さあ、もう、これぐらいにしなさい!何時までも悩んでいてもしょうがないわ。レクト−ル様は、貴方に期待しているのよ。その期待をやる前から断るなんて話は無いじゃない」
グレヴィスは海の上の青空に手を差し出した。
「風の流れは、もう決まっている。後は、その道を突き進むまでよ!」
アルフォンスは、しばらく海を見ていたけれど、いきなり立ち上がり、グレヴィスに言った。
「レクトールの所に行って来るよ。今日中に、返事をしろと言われてるんだ」
「じゃあ、早く、行きなさい。答えはでたわね」
「ああ」
「アルフォンス。私は多分、港町に残ることになると思うわ。砦攻めの貴方の武勇を心から祈ってる」
アルフォンスはにっこり笑って、宿舎へ戻っていった。
レクト−ルを訪ねると、彼の側近の騎士であるレイラがすぐに部屋へと通してくれた。会議を終えたばかりのレクトールは、椅子に座って待っていた。アルフォンスの凛とした表情を見て、レクトールは微笑んだ。
「どうやら、腹は決まったようだな」
「うん。俺にフォルミド−砦の部隊の指揮をとらせてくれ」
アルフォンスは続けた。
「お前に心配をかけないように、全力で任務に望むさ」
「ハハ。俺は心配なんてしないさ。お前は、どうやら強運の星の下に生まれたようだからな。何があっても生き残るだろうよ」
レクト−ルは表情を元に戻して言った。
「それに、お前ならきっとできるはずだ。自分の力を信じろ」
レクトールは、机から書類を取り出し、アルフォンスに手渡した。
「すでに、部隊の人選は済んである。軍資金や武器防具の準備もな。詳しいことはオールセンと話し合って決めてくれ」
「昨日も言ったな。俺達本隊が砦の兵士を外へ誘き寄せた隙に、お前達に砦内へ潜入してもらう。目立たないよう、お前の部隊は少人数で活動することになる。俺達の到着を必ず待つんだ。功を急いで、決して手をだすんじゃないぞ」
「わかってるよ」
アルフォンスは改めて、目の前にいる彼の自分への好意が有り難く思えて仕方なかった。申し訳ないぐらい、レクトールはいつも自分のことを案じてくれている。アルフォンスは、その優しさに報いなければならない、と強く思った。彼の期待に応えたかった。
「本当に、ありがとう。レクトール」
「フッ。感謝するのは、任務を無事に完了してからだ」
レクトールは、にこやかに笑った。
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