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何処からか、遠くに聞こえるのは鳶の鳴き声。大きく開かれた翼は風にのって、空中にゆうゆうと円をえがく。その眼前には、どこまでも続く、なだらかな丘陵地帯。牧草の青々とした緑はそよ風に揺れ、放牧された牛は、のん気に日向ぼっこをしている。そんな長閑な放牧地の一角に、先を急ぐ小さな集団が見て取れる。旅商人に身をやつしたアルフォンス率いる部隊は、敵の拠点のフォルミドー砦へ続く、ウェスパ丘陵を進軍中であった。
アルフォンスの部隊は十名程度の小人数から成る。聖炎騎士団からソルジャーを中心に、クレリック、アーチャ−等を数名。他に、南部の町で傭兵を三名、金で雇った。人員不足は否めないが、その分、騎士団の選りすぐりの精鋭を隊に迎えてある。また、雇われ兵に関しても、素性が明らかで、南部のお墨付きのある者から、慎重に人選を行った。部隊の先頭を馬に騎乗したアルフォンスが行く。それに並んで、馬上には、赤い甲冑を纏った女騎士の姿が見える。
出陣前夜、イナンナは突然アルフォンスに部隊への同行を申しでた。アルフォンスは任務の危険性を思い、即座に断った。けれども、イナンナは一歩も退かなかった。故郷の騎士団の不始末をとりたい。北をよく知る私は、必ずお役にたてるはずだ。どうか、一緒に戦わせて欲しい。結局、アルフォンスは、彼女の熱意に根負けする形で、同行を認めてしまった。この強情な行動は、アルフォンスにとって意外だった。普段は穏やかな、この女性が持つ芯の強さを垣間見たような気がした。
ウェスパ丘陵には此れといった森はなく、非常に見通しのきく地域である。森と違って攻撃を防ぎ、身を隠せるような場所はない。が、敵の姿も見つけ易いために、この地域で奇襲を受ける可能性は低い、とアルフォンスは考えた。敢えて用心すべきは、丘の上からの狙撃である。これに対しては、あらかじめ進路の先々に、忍者を偵察にやることで対処した。問題は、この丘陵地帯を抜けた所にある峠である。峠をはしるフォルミド−砦への一本道は道が狭く、切り立つ崖の上から狙い撃ちをされる危険があるだろう。
偵察に向かった忍者がアルフォンスの元に戻って来た。
「アルフォンス様。ここから二里程先で、敵と思われる部隊を発見致しました。部隊の編成は、ソルジャーが五名。バンディットが二名。伏兵はいないようです」
「わかった。レシ。背後から挟み打ちにする気かもしれない。後方の様子も見に行ってくれ」
「はい」
忍者は風の如く、その場から消えた。
「ここで戦いをしかけるつもりか。それとも、たまたま通りがかった部隊か・・・・・・」
アルフォンスのつぶやきに、イナンナが声をかけた。
「私達を待ち受けていたとすれば、この編成は奇妙ですね。何か罠があるのかもしれません」
アルフォンスは部隊の兵士達に、戦闘の準備を指示した。
果たして、丘陵地を先へと進むと、所属不明の部隊が視界に入った。アルフォンス達は、まだ旅の商人の変装を解いてはいない。しかし、お互いの存在を認めるやいなや、部隊は予告も無しに弓をひいた。
「問答無用ということか」
アルフォンスは古びたローブを脱ぎ捨て、戦闘開始を兵に告げた。接近戦に向かないアーチャ−と救援要員のクレリックは、ソルジャー数名に守らせる。そして、自身は数名のソルジャーを伴い、敵の中に突入した。アルフォンスに標的を定めた一人のバンディットが、斧を前に突き出して脅す。
「子供だからといって見逃しはしないぜ。お前達がどこの誰かは知らねえが、ここを通る部隊を皆殺しにせよ、とのご依頼なんでね。悪く思うなよ」
不用心にも、バンディットはアルフォンスの目の前に飛び込んで行き、彼に難なく切り捨てられた。それを見て驚いた敵は、直ちに、アルフォンスとの距離を十分にとり、弱いクレリックやアーチャ−に狙いを変更した。
戦闘の最中、次第にアルフォンスは奇妙に思い始めた。この部隊は、白牙騎士団に雇われたに違いないが、それにしては手応えがない。フォルミド−砦に続く重要な拠点に、この程度の部隊をよこすとは?戦いの混乱の中で、アルフォンスはクレリックに振り下ろされた敵の剣を受け止めた。右前方からは、もう一人のバンディットがこちらへ走ってくるのが見える。その時、アルフォンスは、自分の背後で弓の弦を張る音を聞いた。咄嗟に、身を翻し盾を構えると、強い衝撃を受け、はじかれた矢が地面に落ちた。矢が射られた先を即座に睨む。そこには、仲間のソルジャーの間、南部から雇った女のアーチャ−がいた。突然のことで呆然とするソルジャーを後目に、アーチャ−は再び矢を番えた。自分に一直線に向けられる矢に臆することなく、アルフォンスは、その方へ突っこんで行く。アーチャ−の弓を剣で薙ぎ払い、高く、弓は宙を飛んだ。アーチャ−は素早く懐から短剣を抜き刺し向けたが、アルフォンスはヒラリとかわし、逆にその腕を掴んで押し倒した。手首を強く握られたアーチャ−の手から短剣が離れる。彼女が捕らわれた事を知ると、敵の兵士達は狼狽し、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。その後を追おうとする忍者をアルフォンスがひきとめた。
「その必要はない。奴らは何も知らないさ。逃がしてやれ」
その場に押さえつけられたアーチャ−は、忌々しく言葉を吐いた。
「ローディスの悪魔め。地獄に落ちろ」
アルフォンスは膝をついて、女に尋ねた。
「クレシダと言ったな。誰に頼まれて俺の命を狙う?」
「お前に教える事など、何一つ無い。お前達は、罪も無い人々を、私の家族を無残にも焼き殺した」
「十五年前の教化政策の怨恨か」
アルフォンスは冷静に続けた。
「貴女が辛い思いをしたのはわかる。でも、もう昔の話じゃないか。今は、ローディスは貴女達の敵ではない。今回の派遣も、南部の人々の生活を守るためだ」
クレシダは怒りの形相も顕わに息巻いた。
「お前達は、いつも島の擁護者をきどる。この偽善者が!ローディスが来るまで、ここは静かで平和な島だった。お前達が島を滅茶苦茶にしたんだ。お前は、お前の国が過去に犯した罪について、何も感じないのか!」
クレシダはアルフォンスを睨みつけた。
「殺すがいい。私の父や母を殺したように」
「貴女を殺しても意味がない」
アルフォンスはクレシダを押さえていた手を離した。
「ここから早く立ち去るんだな」
彼女は、信じられないように目を大きく見開いた後、眉をつりあげ叫んだ。
「ローディスの人間に、情けなどかけられたくない!」
地面に転がる短剣に、クレシダは勢い手を伸ばした。が、一足早く、イナンナがその剣を取り上げた。反撃の機会を逃したことを知ったクレシダは天を仰ぎ、再びその場に崩れ落ちた。イナンナはしゃがんで、彼女に優しく語りかけた。
「クレシダ。どうか教えてください。貴女をここに差し向けたのは、白牙騎士団なのですか?」
クレシダは地面を睨み、何一つ答えようとしない。
「私もこの島の人間です。貴女の悲しみはよくわかる。しかし、白牙騎士団が南部の人々の生活を脅かしていることは、貴女もよく知っているでしょう。何故、彼等に力を貸すのです」
クレシダはうつむいたまま、つぶやいた。
「戦いを忘れ、本国の犬に成り下がった者達がどうなろうとも、私は構わない」
「何も知らない無垢な子供達が恐怖に怯えているとしても?何の罪もない人々がどうなろうとも?貴女は大事な事を忘れてしまっている」
イナンナは胸元からペンダントを取り出し、そこに彫られた紋章をクレシダに示した。
「島の人間なら、この紋章の意味をご存知ですね。私の名はイナンナ・バトラール。白牙騎士団を率いるバトラール家の者です。しかし、騎士団の不穏な活動の理由を私は知らない。私は、その理由を問いただすため、このローディスの騎士と行動を共にしています」
「クレシダ。貴女がローディスに憎しみを抱くのは当然のことです。しかし、それを力に訴えてはいけない。それでは、力で全てを解決しようとする輩と全く同じことではないですか」
イナンナはクレシダの両肩にその手を置いた。
「貴女をローディスの騎士と戦わせる。家族を失った、貴女の悲しい心を利用しようとする人間が何処かにいるのです。憎しみを利用しようとする人間が。こんな所で、無駄死はいけない。復讐は、おやめなさい。貴女のご家族は、決して、貴女に復讐に生きる人生を望んではいないはずです」
野営地に夜がやってきた。小川の近くに張られたテントの中では、戦いで疲れた兵士達が交代で眠りにつく。そこから少し離れた外で、アルフォンスが焚火にあたっていた。空気のよく澄んだ丘陵地の夜空に、無数の星々が瞬いている。深々とした夜に、虫の声が響く。アルフォンスは一人の騎士がここに現われるのをずっと待っていた。南部からの雇われ兵として部隊に潜り込んでいた昼間のアーチャ−。彼女は、イナンナの説得の後、無言で、その場を立ち去っていった。焚火の火がパチパチと音をたてて弾けた。草の茂みから、イナンナが姿を見せた。
「アルフォンス。私は貴方にお話ししたい事があります」
アルフォンスは、周りを警備していた兵士を下がらせ、座っていた丸太の隣を空けた。彼女は、そこに並んで腰掛けた。
「どうか、今まで私の正体について黙っていた事を、お許し下さい」
「俺が信用に足る人間かどうか見定めていた、というわけですね」
彼女は申し訳なさそうにうなずいた。
「気にしないでください。俺も貴女の立場にあったら、そうしているでしょう」
「貴方に全てお話します。私の旅の目的を。貴方になら、全てをお話しても良いと思いました」
焚火の炎が二人の顔を赤く染める。
「私の本名は、イナンナ・バトラール。ラーヌンクルスの前領主、ウィリアムの娘です。現領主ナリス・バトラールは私の叔父にあたります」
「そのような御方が、何故、このような所に?」
「話は15年前に遡ります。この島にローディス教がやってきた年です。元々、ラーヌンクルスの民は土着の神々を信仰していました。当初、私達は改宗を拒否し、最後まで戦う覚悟を決めていました。しかし、ローディスが本格的に派兵を行うと、抵抗した南部の町は徹底的に破壊されました。父は、その悲劇を繰り返さないために、戦わずして、ローディス教国と講和条約を結びました。そして、その直後、父は病いで急死しました」
「その跡を継いだのが、父の弟であるナリス公です。政治に疎かった私の母は、私と妹を連れて城をでました。しかし、そんな時、城内に広がっているある噂を耳にしたのです。父が亡くなったのは病死ではない。・・・・・・ナリス公に殺害されたのだと」
「私は、その真相を突き止めるために白牙騎士団に入団しました。父は生まれつき病弱でしたので、その死に疑問は感じていませんでした。しかし、時が経つにつれ、私の中で疑念が膨らんでいったのです。私は、母や妹に危害が加わることを恐れ、南部に脱出しました。そして、身分を隠し傭兵をしながら、北部の様子を伺っていたのです」
「貴女は、今度の白牙騎士団の活動に、ナリス公が関わっているとお考えなのですか」
「それは、わかりません。しかし、叔父様が、それを知らないわけではないでしょう。私は叔父様の真意を知りたい」
イナンナは、アルフォンスの顔をじっと見つめた。
「アルフォンス。どうか、貴方の部隊に同行させてください。私に真実を知る機会を与えてください」
イナンナは深々と頭を下げた。慌てて、アルフォンスは彼女を抱き起こした。
「そんな事をなさらないで下さい。こちらこそ、数々の非礼をお許しください。貴女は幾度も俺を助けてくださった。俺も貴女のお役にたちたい」
「それでは」
「共に行きましょう。貴女がついてくだされば、これ程、心強いことはない」
「心から感謝いたします。ありがとう、アルフォンス」
彼女は穏やかに微笑んだ。焚火の火は何時の間にか小さくなっていた。
「もう、夜も遅い。休みましょう。イナンナ・・・・・・様」
アルフォンスの取って付けたような物言いに、イナンナは思わず声をだして笑った。
「イナンナ、で結構です。その方が親しみがあって良いですから」
グルッソスの森に入ったレクト−ル達、本隊は、異様な光景に悩まされていた。暗い森の奥深く、おびただしい数の亡霊の姿が闇に浮かんでは消える。亡霊は無念の表情で兵士達の間をさまよう。甲高い悲鳴やすすり泣く声が絶え間なく聞こえる。イクソシズムで亡霊を消しても、一向にその数は減らない。それどころか、兵士の中には、恐怖に取り付かれて、精神に異常をきたす者もではじめている。
(死ぬに死にきれない亡者の群れか)
報告を受けて、先発隊に自ら合流したレクトールに恐怖は無かった。襲い掛かる亡霊の群れに動じることもなく、レクトールは呪文を唱えた。辺り一面が神聖な光に包まれる。
「本来あるべき所へ、天へと還るが良い!」
レクトールを囲んでいた亡霊の群れは、光の中へ溶けていき一瞬にして消滅した。
レクト−ルは突剣を高々と空にかかげる。
「ローディスの騎士達よ!過去の亡者を恐れるな。神フィラーハは、常に、我々と共にある!」
彼の姿を見て、兵士達はその士気を大いに取り戻した。
(数は多いが、何とかならない相手では無い。森を抜けるのも時間の問題だ。)
レクトールは前線にいる兵士達に行軍を急ぐように命じた。そして、一時本陣に戻ることにした。その途中、黒いロープを身にまとった男が現われた。側を固める親衛隊が、即座に男に剣を突きつけたが、レクトールはそれを押さえて、男を側に呼び寄せた。男が彼の耳元で何事かを告げる。レクトールの表情がこわばった。男は素早くその場から消え、彼の親衛隊のジャスティンが慌ててレクト−ルに近寄った。
「どうかされましたか?あの男が何か?」
「何も無い。本陣に戻る」
レクトールは険しい表情を変えないまま、馬を走らせた。
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