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「君には本質を見抜く力があるようだ。では、私の姿が君の目にどう映る?」
「悪魔」
少女はすぐに答えた。意志の強い目で。目の前の男をじっと見据えて。
悪魔は美しい姿をして人を惑わすのだ。金色に光り輝く髪を、腰の辺りでゆったりと束ね、男は高位の僧のみに許された純白の僧服に身を包む。教会の鐘の音のように、よく響く透き通った声だ。若く、均整のとれた美しい顔には、柔和な微笑みが浮かんでいる。
しかし所詮、その背につくのは黒い、暗黒の闇の羽だ。
男は、呵呵と笑った。
「オウガ、と言われないだけでも、マシかな」
まあ、ここに座りなさい、とでも言いたげに、礼拝堂の隣りの席を叩いた。少女が完全に、それを無視すると、男は愉快そうに肩をひょいとあげた。
「じゃあ、さっきの話の続きでもしようか?君は、この白亜の教会が、人間の血で真っ赤に染まっていると言うのだね。そして、そこに居座る私は、悪魔というわけか」
誰しもが、感嘆の言葉を述べずにはおれない、神々しく、荘厳で優美な教会。造られたばかり、何もかも新しい。特に今日は、よく晴れて、ステンドグラスからもれる光が美しい、というのに。
「なかなか、面白い事を言うな。でも、可哀想な事を言う。この教会は、君のご両親達の魂を慰めるために造られたのだよ」
男は、優しい目で微笑みかけた。けれど、少女にはそれが、ますます腹立たしい。男の偽善的で傲慢な態度。何もかも全て!少女は、淡々と答える。
「私達には、血塗られた教会こそがふさわしい。私達が受けた不当な苦しみを知らしめるため。お前達への復讐を誓うため・・・・・・」
男は感心していた。わずか10歳の少女が、ここまで、この自分に悪態をつけるとは!
「まだ、憎んでいるのかい」
立ち尽くしたままの少女の目線に合わせるように、男は席に座った。
「ここで、酷い扱いは受けていないと思うけどな。君達、戦争孤児には、一人一人保護者がつくし、教育もきちんと受けさせている。現に、君のお友達の中にだって、我々に懐いてくれている子だっているだろう?」
「飼い慣らされているだけだ」
少女は一笑した。
「お前達は、ローディスの子供として迎い入れたい、と言った。しかし、これは何だ?」
少女は、刻印が刻まれた左手の甲を見せる。
「豚と同じだ」
男は少女の左手に手をのばした。少女は慌てて自分の手を引っ込める。
「これは、君達の安全を保障するため、とでも言ったらいいかな?」
男はため息をついた。
「この国は血を大事にする。君達のような人間は基本的に認められない。その中で、君達を受け入れるには、それなりの証が必要だ。この刻印は、君を縛り付けるものでもあるし、この国において、君の存在を保証するものでもある」
男はにっこり微笑んだ。
「君は勇気のある子だね。普通は左手を差し出す奴はいないだろう?痛かっただろうに」
少女は男を睨んだ。
「そんな顔をしなさんな。折角の綺麗な顔が台無しじゃないか」
目を細めて、男は立ち上がった。
「ただ、興味があるだけだよ。何故、君が左手に彫らせたのか。敢えて、自分の目につきやすい左手に、ね・・・・・・」
男は教会の壁に飾られた一枚の絵に歩いて行く。
「君も、オウガバトルを知っているね。昔々、神代の時代。果てる事無き、人とオウガの戦い」
神より賜わりし聖剣により、人がオウガを降伏する。そう、絵は物語る。
「誰かが言っていたよ。オウガは人が産み出すのだと。人間の負の感情、悲しみ、嘆き、憎しみ、絶望。それらが、人をオウガへ変えるそうだ」
男は絵をまじまじと見つめる。
「だとしたら、ローディスのしている事は、オウガを産み出し続けているということかな?」
教会には男と少女のみ。だだ広い教会に、男の声だけが響く。
「ある人間にとって、ローディスは苦しみ以外の何物でもあるまい。でも、その一方で、多くの人間を幸せにしているのも事実なんだよ」
(これは、チャンスかもしれない)
少女は懐に隠し持っていた短剣に、服の上から手をあてた。
ふと立ち寄った教会。偶然居合わせた男、供の者も付けずに。武器も持たず、無防備に背中を見せている。
(ここで殺してしまえばいい)
胸の鼓動が早くなる。右手で服を掴む。大きく息を吐く。
「ローディスの繁栄は、多くの血の上に成り立っている。神都ガリウス。此れ程、美しい都は何処にもあるまい。しかし、ここも屍の上に築かれた都だ」
男は振り返らない。
「教化政策のお陰で、この国は栄えた。周りの諸国を征服し、その富を奪った。多くの人々の幸せを奪い、殺した。そして、ローディスの民は幸せを享受している。民は、寒さに震える事も、ひもじい思いをする事も無い。暴力に怯える事も。溢れんばかりの富、幸福な家庭、希望に満ちた未来。民は、この幸せが永遠に続くものとして疑わない」
少女は男に近づいていく。
「惨殺された人々の躯を踏み、民は栄華を謳歌する。非道な扱いを受け、悲嘆と絶望の内に殺されていく人間もいれば、幸せに人生を謳歌する連中もいるんだ」
ゆっくりと、男が振り返った。
「人は決して平等ではない。誰かの幸せの陰に、誰かの不幸がある。ローディスは、他人を犠牲にして幸せを享受している。ローディスの民は幸せだ」
少女と男は向き合った。
「君も、もし、この国に生まれていれば、暖かい家族の温もりの中で幸せに生きられただろうに。何も苦しむ事無くね」
「君は一人ぼっちだ」
(胸の内を悟られぬよう、高鳴る鼓動を気付かれぬよう)
少女は男の顔を窺う。
(平静を装うのだ。一刺しで致命傷を与えるんだ。助けを呼ぶ暇も与えず)
「君を、愛し守ってくれる親はいない。頼りにできる知り合いもない。心から打ち解ける友もいない」
(深く深く内臓に突き刺せ。教えられた、効率的な人の殺し方)
男は微笑みながら、少女を見つめる。
「君はローディスを憎んでいる。そして、自分が置かれている、今の環境を憎んでいる。憎むべき存在によって、生かされている自分」
時が止まったのか。男の姿だけが、はっきりと見える。少女は手を自分の胸に置く。
(簡単な事だ。方法さえ誤らなければ。これで終わる!)
「君は、今の自分を受け入れる事ができないんだね」
頭の中が空白になる。
(この男は、一体、何を言いたいんだ?)
「君は、可哀想な子供だ」
「お前に、何がわかる!お前は、何も知らない!何もわかりはしない!」
少女は大声で叫んだ。短剣を取り出し、鞘を引き抜き、男に突っ込んだ。一直線に、確実に、男を捉えたはず。が、男は軽く身を翻して剣をかわした。少女は、そのまま勢い良く床に倒れ込んだ。その拍子で、手から離れた短剣は、遠くに飛んだ。
「正面からなんて、少々、君らしくないんじゃないかな?」
床に倒れた少女を、笑いながら男が見下ろした。
「私が死んで君の心が救われるというのなら、別に構わないが。私も、痛いのは嫌なんでね」
「何も知らない人間が知ったような口を聞くな!」
うつ伏せたまま、少女は叫んだ。
「お前達がしたんだ。お前達が殺したんだ!お前達が村を焼き払い、お前達がみんなを殺したんだ。お前達が、全部、滅茶苦茶にしたんだ!」
少女は起き上がり、男に再び飛び掛った。男の体を力任せに殴った。
「お前達の言う正義は、見せかけの正義だ。全て嘘だ!何が、神の国だ!神はいない!神がいるのなら、なんで、お前達を罰っさない!」
少女は何度も何度も男を殴る。男は全く表情を変えない。平然と。
(無意味だ)
泣きじゃくりながらも、少女は気付いている。
(何を言っても、この男には無駄なんだ)
いくら泣いて喚こうが、当てつけに、この男の目の前で死んで見せても。この男に、私の苦しみがわかりっこない。今、自分がここにいる。何一つ、変わりっこないのだ!
「暗黒神アスモデは、オウガバトルの再来を予言し、闇に消えた。そして、神は、力弱き人間に、武器だけを遺されていった」
泣き疲れて、その場に座り込んだ少女を置いて、男は歩き出す。
「何故、神は、その強大な御力で、我らを救って下さらない?何故、神は人間とオウガを戦わせたい?」
男は、光に照らされた祭壇の前に立った。
「教化政策は一つの道標。来るべき、オウガバトルの再来に備え、人は力を蓄えねばならない」
「私達に復讐したいか」
男が少女に声を掛けた。少女は答えた。
「お前達が殺した。その罪は当然償われるべきだ」
「死が罰とは限らない。生きる中にこそ、苦しみはあるのかもしれないよ」
男は床に落ちていた短剣を拾った。そして、少女の元へ戻ってくると、その側にしゃがんだ。少女の目の前に短剣を置いた。
「復讐に生きる人生も良かろう。それが、君の幸せなら。ただ、」
男は手を差し伸べ、うつむいた少女の髪を撫でた。
「・・・・・・復讐をしないということ。それは、愛した人を裏切ることではない。忘れるということでもない」
男は立ち上がった。
「ここで、力をつけ、一人で生きていく強さを身につければいい。それから、自分で自分自身の道を決めるんだね」
礼拝堂の外から人が歩く音がする。扉が開き、神官がこちらに近づいてきた。一礼する。
「猊下。お時間です」
わかった、と言い、男は神官を下がらせた。男は少女に笑い掛ける。
「どうやら、私は、この辺で退場らしい」
床に膝をつく少女の体を抱き起こそうとしたが、少女は、その手を払いのけ、短剣を取り上げると、懐にしまって立ち上がった。
「最後に君に聞きたい。君は何故、今日、この教会に、自ら入ってきたんだ?」
少女は顔を上げない。
「君は必死に真実を知ることを拒絶している。自分の怒りと憎しみを保つために・・・・・・。君は、私達の存在を認めたくない。この国の存在も。自分が置かれている今の環境も。自分自身さえも。君は必死で、それらを否定しようとする。しかし、いくら拒絶しようとも、君は認めなくてはならない。この世界にある、ありとあらゆる全ての存在を。それが、正義であろうが、悪であろうが、に関わらず。君が好む好まざるに関係無く、それらは全て存在しているんだ!決して、真実から目をそむけるな。この世界が不条理である、真実。君がいくら否定しようとも、嫌だ嫌だと目をそむけても、何も変わりはしない。本当は、君自身も気付いているんだろう?君は、真実を知りたいとも思っている。隠されている真実を。この国の真実を、君は知りたいのじゃないのか。自分の目で、この世界の真実を見極めてごらん」
男は出口の前まで来ると、立ち止まった。
「君とは、またいつか、じっくりと話をしてみたいものだ。君と話すのは、面白い。・・・・・・また会おう、シビュラ」
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