| 秘密 |
| 彼女は年下の女性だ。14歳の。しかし、とても、大人びた少女だった。十も年上の自分が、時々、戸惑いを感じてしまったほど。 年に似合わず、言動はしっかりとしていたし、何よりも、その表情。憂いを帯びた横顔。神秘的な微笑み。彼女はいつも特別だった。 本当は、自分よりも年上ではないか?と、ついつい疑いもした。遠い大陸には、不老不死の秘術があるという。シャーマンとして、自然に棲まう精霊の言葉を聞き、その偉大なる力を借りる。あらゆる高度な魔法を自在に使いこなせる、非常に高い魔力を持つ彼女であれば、その可能性も無いとはいえない。 しかし、大人びた表情の合間に、時折見せる、子供のように無邪気な笑顔を見れば、やはり14歳の少女であった、とほっとしもした。母親を盗賊に殺され、父親は行方不明。一人ぼっちで生きてきた人生が、彼女を大人にさせたのかもしれない。 ローディスの人間が率いるという、一部隊が、ビリュテの町に侵入した。いつものように、彼女と共に武器を取り、廃墟となった町の一角で、侵入者を待構える。仇のローディスの人間をこの手に、と意気込む自分の側にいた、ユフィールは、しかし、複雑な別の顔をしていた。深い悲しみに打ちひしがれたように。そうかと思えば、眉をひそめて、遠くを激しく睨みつける。それが、急に、どうしてよいかわからないような、うろたえに変わるのだ。グリッルスの森を抜け、近づいてくる部隊を見つめる彼女の眼差しは、一人の大人の女性だった。 胸がどきりとした。 敵は、すぐそこまで、やってきた。坂の下にいる、敵のリーダーと思しき少年が、名乗りを上げた。さらに大声で叫ぶ。 「我々は、貴女達と、戦いに来たのではない」 いきなりだった。ユフィールが呪文を唱え始めたのだ。それは、いつもの彼女ではなかった。冷静さを欠いた感情的な声の調子は、尋常ではなく、慌てて制止したが、彼女は取付かれたように、全く相手にしなかった。呪文の唱えを終えると、炎の渦が、坂の下に降り注いだ。 戦闘が始まった。両者、合いまみれての攻撃。坂を登ってきた忍者の剣を払った。彼女に、後方にまわるようにと叫ぶ。しかし、彼女は、一気に戦いの前線へ、坂の下へと駆け下りて行ってしまう。たとえ、優れた魔術の使い手だとしても、容赦なく振り下ろされる鉄の刃から、その身を守れるというのか。 「ユフィール!」 かりそめの肉体に魂をゆだねた亡霊達に、敵を任せ、その後を急いで追う。 彼女は振り向きもせず、一心不乱に進んでいく。敵の部隊の中へ。 「ユフィール!下がれ」 声を限りに叫んだ。彼女が、一直線に飛び込んでいった先・・。 両足に受けた強烈な痛みで、その場に崩れた。見上げれば、鎧姿の敵の姿。腹部を蹴り上げられ、体が宙に飛ぶ。地面に叩きつけられた。長剣が迫る。 (ユフィール!) 朦朧とした意識の中で、彼女の姿を必死に探した。どうか、彼女だけは生きて・・・。 くすぶる炎に、白い煙が立ち込める。彼女がいた。目の前には、一人の男がいた。中年の男だ。ロープを着ている、恐らく、魔術師か妖術師・・。何かを話している。おぼろげながら、聞こえてくる会話の端々。 「・・・キミなのか・・・」 男が尋ねる。 「・・・なによっ!・・・アナタのせい・・・・」 ユフィールがヒステリックに叫んだ。 「・・・オレの、・・・責任・・・」 男が、彼女に近づいていく。彼女は、甘い声で右手を差し伸べる。 「・・・包み込んで、あ・・げ・る・・・・」 意識が途絶えた。 気がついた時には、ベッドの上だった。包帯の巻かれた左肩をかばいながら、体を起す。いつもの部屋。光差す、窓から見える風景も代わり映えはない。傍らに置かれた机の上で、ユフィールの精霊のサラマンダーが、体を丸くして、くかくかと寝ていた。トントンと机を叩くと、サラマンダーは目をぱちっと開けて、プハーと大きなあくび。目の前の、のん気な光景に、彼女の無事を知り、胸をなでおろす。サラマンダーはふわっと宙に浮くと、壁を通り抜けて消えた。ユフィールの元にいったのだろう。 程なくして、ドアが開いた。しかし、彼女ではなかった。喉が渇いただろうと、飲み物を持ってきてくれた町の娘だった。 あれから一晩経っていたなんて、ショックだった。彼女から、「戦闘のその後」を聞いた。ユフィールが前線に出て、召喚魔法を繰り出し、敵の部隊にいた中年の男の召喚士と激しい魔法合戦になったこと。そして、彼女が負けてしまったこと。彼女は降服した。この戦闘で一人の死者も出さずに済んだ事だけが救い・・・。 しかし、敵は敵ではなかった。彼女に会いに来ただけだったという。彼女の頼みで、町の人々は、彼らを客人として迎い入れた。しかも、彼女と、彼女と戦った召喚士は、実は知り合いだったのだ。 そして、彼女が、或る決断をみんなに告げた。 ギブスがはめられ、足が吊り上げられている状態では、どうしようもできない。布団を頭からかぶって、ただ黙って、彼女がここを訪れるのを待つだけだ。しばらく経って、やっと、ドアを叩く音。返事をして、布団を端においやる。体を起す。ユフィールが部屋に入ってくる。 彼女は、普段の青色のスカートではなく、身動きのとり易い服に着替えていた。丈夫な皮でできたブーツを履いて、厚手のコートを羽織っていた。彼女は、被っていた帽子を脱ぎ、持っていた大きな荷物を床に降ろすと、脇の椅子に腰掛ける。 「もう、行くのかい!」 驚いて尋ねると、ユフィールは、優しい目をして、「うん」とうなづいた。 「具合はどう?」 「こんな傷ぐらい」と、肩をすくめて。 「ユフィール。どうして、ローディスの人間に連いて行くというの?」 彼女は答えた。 「リーダーのアルフォンスは、フェ−リスの騎士団から離反したの。今は、国の命令ではなく、自分の意志で行動している。この島の、闇で動めく陰謀を探る旅をしている」 「君は信じるのかい?ローディスの人間が、どれだけ卑劣な奴らか、よく知っているだろう?何かを企んでいるかもしれない」 ユフィールは遠くを見る目をした。 「この島で、何かが起ろうとしている。・・・そう、前に話したのを覚えてる?」 「ああ」 「この島の北の大地に、大きな力が胎動している。島の、ううん、世界の運命をも左右するような、大きな大きな力・・・」 「それと、何か、関係があるっていうのかい?」 「感じるの。アルフォンス達は、その大きな力のうねりの中にいる・・・」 理由も根拠もないはずだ。しかし、彼女の言葉には説得力がある。彼女の勘は、大抵、当たるのだから。 「アルフォンスは、確かにローディスの人間よ。・・・けれど、今はそうじゃない・・・。この島のために、戦っている。私は、彼等の力になりたい」 「それなら、俺も一緒に行くよ。君一人を戦わせる訳には行かない」 「だめよ。貴方がいなくなったら、ビリュテの町は、誰が守るの?」 咄嗟の申し出を、すぐにユフィールがとがめた。訴えるような表情で。 「この町をお願い」 一度心に決めた事を、彼女は決して変えない。そんな彼女の頑固さを十分知っている。長い間、一緒に居たのだから。彼女の決心は変えられない。 「でも・・こんなに急がなくたって・・・・」 ためらいがちに悪あがきをすれば、彼女はうつむいて、小さな声でつぶやく。 「何時までもここにいたら、寂しくなってしまうでしょう・・・」 彼女は顔を上げた。そして、気持ちを入れ替えるように、にっこりとした。 「私と一緒に戦ってくれた。今まで、本当にありがとう」 「あの男は、一体何者なんだい?」 唐突だとは思った。しかし、意を決して、彼女に尋ねた。 「あの男?」 彼女は不思議そうに尋ね返す。 「部隊にいた、中年の召喚士だよ。知り合いだったそうだね」 ベッドで、横になっている間、あの時の光景が何度も何度も頭をよぎったのだ。頭からこびりついて離れない。胸がもやもやとして。 (君は、あの男と一緒に行くの?) 「あの人は、私の父よ」 ユフィールは、あっさり言った。 「君のお父さん?」 「私達を置いて逃げ出した。情けない、父よ」 彼女はため息をついた。 (お父さん。そういう風には見えなかったよ) 言葉を飲み込む。あれは、あの時の会話は。・・・まるで、恋人同士の会話だったみたいじゃないか? 彼女から顔をそむける。 「やっと、会いに来る決心がついたのよ。本当に情けない父親だけど。父は父だから、しょうがないわね・・・」 ずっと考えていた。ずっと、わかりたいと思っていた。彼女の悲しみの理由を。三年前に、彼女とこの町で出会ってから。 子供らしく、明るく遊んでいた君が、ふと、押し黙る。悲痛な面持ちで。体を震わせて。 この町を襲う賊と、命をかけて君は戦う。戦いの最中に垣間見せる、激しい怒りは。 ずっと、彼女が背負っているモノを理解したかった。君が抱える「怒りと悲しみ」を、理解したかったんだ! あの男のせいだったの? 「ねえ、一つ聞いていい?」 ユフィールの声が聞こえる。弾んだ声。 「今の私、前と変わったと思う?」 「・・・変わったって?」 重苦しい心で、顔を上げれば、ユフィールはニコニコしている。 「彼等が来る前と、今の私とでよ」 「・・・」 「何か変わったと思う?」 「・・・変わったって、別に・・・」 言われてみれば、明るくなったような気がする。重い重圧から解放されたように、晴れ晴れとした。その変化の理由は、あの男のせいなのか。 「変な事を聞くけど・・・・。私の中に、別の誰かがいるんじゃないかって思った事はない?」 彼女は首を少しかしげて、上目使いに、顔を覗き込んできた。 君の中の大人の心。俺の知らない、君の心。 「ユフィール。・・・何を言っているか、わからないよ・・・」 はっきりと言って欲しい。君と彼との関係を。 「・・・本当の事を言ってくれないか」 暗い声の調子に気づいたのか、彼女の顔から笑みが消えた。口元に手をあてると、だんまりと静かになってしまった。 ユフィールは立ち上がって、窓の方に歩いていった。彼女の後ろ姿。腰まで届く、亜麻色の長い髪。腕組みをして、何か考え事でもしているように。 しばらくの沈黙の後、振り返った時には、彼女は笑っていた。 「ううん。言わない」 彼女は、いたずらっぽく目を細めた。 「何故?」 「秘密」 「あのね。大切な人が、ここから去っていったの。その人も、貴方に本当に感謝していた。貴方に伝えて欲しいと。・・・今まで、本当にありがとう、って」 「誰のこと?」 「・・・貴方の側にいたのよ。でも、もういなくなってしまった」 ユフィールは寂しげに微笑んだ。 「・・・君には見える、精霊のことかい?」 「・・・そうね・・・」 そう静かに頷くと、彼女はまた顔を明るくした。 「ねえ、私、14歳の女の子に見えるかしら?年相応の女の子に見える?」 「・・・当たり前じゃないか」 何を決まりきった事を。 (君は可愛い女の子だよ。) ユフィールは、荷物に手を乗せた。 「じゃあ、行くね。アルフォンス達に待っててもらってるから」 彼女は荷物を持ち上げる。 (まだ!) 布団に隠れた右手を握りしめる。 まだ、君に話したい事がある。伝えたい事がある!・・・でも、もう、その時間は無いというならば。せめて、気持ち良く、君を送り出してやるべきなのか。 「絶対に無理をしてはだめだよ」 せめて、笑顔で。 「うん」 「必ず、戻ってくるんだよ」 彼女の澄んだ、美しい目を見つめる。 「うん。貴方も早く、元気になってね」 「じゃあ」と、ドアの前に立った彼女は、ドアを少し開けた。振り返る。 そして、彼女のその言葉は、余りにも突然であったので、何もできなかったのだ! 「貴方が、私の中の誰かに惹かれていたんだとしても・・・。私は、貴方が好きよ」 屈託のない笑顔で。 「いってきます」 彼女は旅立った。 年が明け、一人の少年が率いる部隊によって、北部ラーヌンクルスの主城、オストレア城が落ち、領主が前領主の娘に変わった事を、風の便りで知った。その戦いの中に、彼女はきっと居たはずだ。彼女は、今、どうしているだろう? ラーヌンクルスの寒空の下に、雪が降る。 彼女は、その小さな体で、今も戦っているのだろう。きっと無事だ。何かあれば、彼女のサラマンダーが報せにやってくるに違いない。 微笑みを絶やさずに。彼等の大きな力になっているはずだ。 ユフィール。君に、どんな秘密があったとしても、構わない。 必ず、ビリュテの町に帰っておいで。ここは、君の故郷なのだから。 END |