馴れ馴れしい奴だと思った。
士官学校の校舎から遠く、原っぱに捨てられた岩に腰掛けて、昼飯を食べている時。突然、声を掛けてきた男。
「やあ」
振り返れば、知らない男が、にこにこ笑って立っている。
失礼な奴だと思った。
「こんな所で、一人で食べて美味しいか?」
(いきなり、何なんだ)
アルフォンスは、横目で睨んだ。
「別に、どこでもいいでしょう」
「まあ、そうだけど。ちゃんとした食堂だってあるし。なんで、みんなと一緒に食べないんだ」
(本当に、失礼な奴!)
アルフォンスはあから様に眉をひそめて、男に背を向けた。それにも関わらず、男は、隣にどかっと腰を下ろす。
「あれから、三年か。ここも雰囲気が変わったな。新しい校舎もできていたし。それに・・・」
何くわぬ顔で、男は話を続ける。黙々と、パンを食べ続けるアルフォンスの、横。
男は、品の良い身なりの良い格好をしている。年は、アルフォンスより数年上か。「神学のフェルナンデス先生はご健在か?」だとか、「女子部との合同演習が始まったんだろ?」とか、話す内容からして、ここの卒業生であろう。しかし、なんで、こんな所に現われるのだ。
完全に無視していたアルフォンスだったが、このまま好き勝手に喋らせておくのも、しゃくに障った。
「申し訳ありませんが、貴方はどなたですか?」
アルフォンスは、強い口調で尋ねた。我ながら、変な物言いと思ったが、言葉が見つからない。
「俺の名前?」
隣りの金髪の男は、一瞬、呆気にとられた驚いた表情をして、途端、大声で笑いだした。それが、余りにも愉快な出来事であったかのように。
一人で笑う男とは対称に、アルフォンスは、ひどく不快だった。
「ああ、すまない、すまない!」
男は気付いて、笑うのを止めた。
「・・・俺の名前は。そうだな、オーソンヌ、と言っておこうか」
「オーソンヌさん?」
「オーソンヌ、でいいよ」
「オーソンヌさん。俺に、何か用ですか?」
「いや、特に用がある訳じゃあないが・・・」
男は、少々、どぎまぎしながら答えた。
「話をするのは普通だろう?俺は、お前を知ってる。アルフォンスだろ」
「どこかで、お会いしましたか?」
「いや。・・・でも、何かと・・・。お前、有名人だし」
(どうせ、ロクな噂じゃないんだろ。)
アルフォンスは、そっぽを向いた。
そして、パンの最後の一欠けらを口の中に放り込むと、立ちあがった。
「まだ、授業まで、時間があるぞ」
男の言葉を聞かず、アルフォンスはすたすたと校舎に向って歩き出した。
お気に入りの場所に現われた侵入者の相手を、これ以上、する気にはならなかった。
「アルフォンス!またな」
後ろで男が大声で叫んだ。
士官学校は、その日、ある種の興奮に包まれていた。フェ−リス公国が誇る聖炎騎士団が、学校を訪問していたからだ。
アルフォンスのように貴族の子弟は、ある年齢に達すると、士官学校に通う。そして、必要な武芸と礼法を学び、騎士に叙任されるのが通例である。その後、地域ごとの騎士団に入るが、特に、「選ばれた者」からなる、公国直属の聖炎騎士団に配属されるのは、最大の名誉だった。
その学生達の憧れの的である騎士達が、士官学校を訪れた。理由は知らされていなかった。しかし、授業に、数人の騎士が姿を見せると、学生達は騒然となった。午後、特別に行われた軍事演習にも、良い所を見せようと学生達ははりきったが、アルフォンスには、余り関心が無かった。
授業を終え、寄宿舎に戻ってきたアルフォンスに、一人の客がいた。聖炎騎士団の一員である、彼女。アルフォンスの部屋の前で待っていた。
「アルフォンス!久しぶりね」
グレヴィスは、アルフォンスの姿が見えるや否や、声を掛けた。
彼女は、アルフォンスの父方の遠い親戚。父親が生きていた頃は、彼の家に、よく遊びにきていた。
「どう?士官学校は。楽しくやってる?」
グレヴィスを部屋に通し、カバンを降ろしながら、アルフォンスは答える。
「・・・それなりに」
「友達はできた?」
「・・・」
グレヴィスは人は良いのだが、思った事をずけずけと言ってしまう悪い癖がある。
アルフォンスは、彼女と向かい合わせに椅子に座る。
「ねえ、この前の休暇に、家には帰ったの?」
「帰ってない」
アルフォンスは、ぶっきらぼうに答えた。
「どうして?」
「強化合宿に行ってたんだ」
「あら、すごいじゃない」
グレヴィスは驚いた。普通はありえない。士官学校に入って一年も経たぬ内に、強化合宿とは!メンバーに選ばれるという事は、将来、有望な学生として認められている証。
(優秀な成績とは聞いていたけど・・・)
でも、そんなめでたい事を、彼は、ちっとも知らせてこなかった。
「すごくないよ。コネで選ばれた奴だっているんだ」
アルフォンスの声は重かった。
「それは、それでね。けれど、それが、全てではないわ!」
彼女は、両肩をひょいと持ち上げた。
「合宿は良かったでしょう!実際に隊を組んで、実戦さながらの演習をするのだし」
「・・・まあね。勉強にはなったよ」
「でも、少しぐらいなら、お休みが取れたでしょう。たまには、家に帰ってあげれば」
「別にいいよ」
「おば様が寂しがるわよ」
「あの人は、俺がいない方が楽だろ」
アルフォンスは面倒くさそうに言い捨てた。グレヴィスも、これ以上話すのをやめた。
アルフォンスが話題を変えた。
「・・・そっちは、どうなのさ?騎士団の方は。今日は何しに、ここへ?」
「ああ。新しく騎士団の部隊長が決まったので、その挨拶に来たのよ。夜には晩餐会が開かれる予定よ。下っ端の私には関係無いけど。それに、隊員の、新しい騎士の選考をこれからするそうだから、しばらくは、騎士団から何名かが、ここに来ると思うわ」
不意に、アルフォンスは、昼のにやけた男を思い出した。騎士団に所属していても、おかしくない年頃だった。
「グレヴィス。オーソンヌって、知ってる?」
「オーソンヌ?」
「多分、聖炎騎士団の一員だと思うんだ」
「弓使いのじいさん?」
「違うよ。もっと若い。金髪で、後ろで髪を束ねてる。目の色は緑。何だか、いつも笑ってそうな奴」
グレヴィスはおかしな顔をした。
「それは、部隊長・・・、レクトール様じゃないの?ラスナンティ−公のご子息じゃなくて」
(そうだ!)
アルフォンスは思い出した。二、三回、壇上でラスナンティ−公の隣に座っていたのを見た時がある。数年前の剣術大会でも、やたらと長い演説をしていたような気がする。
アルフォンスは、フェ−リス公国を統べる公爵の、嫡男の顔をすっかり忘れていた事を、恥ずかしく思った。しかし、それ以上に、不愉快な気持ちになった。
(レクトール様は名を偽って、自分をからかっていたんだ)
何も知らずにいた自分の行動を、レクトール様は可笑しく思っていたに違いない。全てはわからなかった自分のせいとはいえ、腹が立つ。
「レクトール様がどうかしたの?」
グレヴィスが、不思議そうに尋ねた。
「・・・いや、別に」
アルフォンスは素っ気無く答えた。
「そういえば、強化合宿の演習をお忍びで見に行ったと、レクトール様が言ってたわ。あんたの訓練の様子もご覧になったかもね。・・・それはそうと、お腹が空いたわ。一緒に夕飯食べに行かない」
彼女は、椅子から立ち上がった。
「久しぶりに、まずい学食を食べたいわ」
「レクトール様!立派な若者になられましたな!」
小太りの貴族の男は、大げさに両手を広げて、はっはっはっと大声で笑った。貴族の男は酒をしこたま飲んで、上機嫌だった。だから、士官学校主催の晩餐会で、お礼の挨拶を終えたばかりの新しい部隊長が歩いてくると、ワインを片手に、駆け寄ったのだった。
「恐れ入ります」
レクト−ルは微笑んで、貴族の酌を丁重に受けた。こんな公式の場で、貴族の人間が酒を注ぐなんて、珍しい事であったが。
「神学校を優秀な成績でご卒業されたとか。公もさぞかし、お喜びでしょうな」
「父には、神都で学ぶ機会を頂き、心から感謝しています」
レクト−ルはグラスを軽く上げてから、口をつけた。
「神都ガリウスはどうでしたか?」
「噂にたぐわぬ美しい都でした」
レクトールは、にこやかに笑って答える。
「壮麗なる教会、美しい町並み、信仰に厚い都の民。これこそが、まさしく神の都だと感じました」
「それは、それは!私などは、八年前の慰霊祭でいったきりで。あれから、さらに賑やかな都になっているのでしょうな」
男は、給仕を呼ぼうとしたレクトールを制して、自ら、グラスになみなみとワインを注いだ。
「そうそう、南のゼテギネアで不穏な動きがあるとの噂を耳にしましたが、神都に何か動きはありましたか?」
「いえ。特には」
「どうしてでしょうかな。この機に乗じて、さっさと大陸を攻め落としてしまえばよいのに!」
男は、ワインを一気飲みして、豪快に笑った。
「本当に、公も頼もしい限りでしょうよ!レクト−ル様が神都より戻られて、部隊長に新しく就任された。これで、フェ−リスの未来も安泰だ!」
アルコールの臭いを撒き散らしながら、男は大声を張り上げた。周りで様子を見ていた他の貴族達も、その通りと相槌をうつ。男は再び手酌をすると、周囲にグラスを高らかにかざして、叫んだ。
「乾杯!」
レクトールは、その側で、ワインをぐいっと飲み干した。
次から次へと来る挨拶の波に疲れ、レクトールは会場を一旦でた。その後を、忠臣の部下のオーソンヌが従った。
「オーソンヌ。昼に、例の彼と会ったよ」
庭に出て、二人きりになると、レクトールは話し始めた。
「期待していた通り、面白い奴だった。俺が、誰だか、全くわからなかったんだよ!」
レクト−ルは思い出して、くすっと笑った。彼の年老いた忠実な部下は、アルフォンスの非常識ぶりに、おやおやと呆れた顔をした。
「悪いが、お前の名前を使わせてもらった。いつ、本当の事がわかるか、楽しみだな」
レクトールは可笑しそうに笑ったが、オーソンヌは笑わなかった。
「わかった時に、彼は気分を害するかもしれませんよ」
「いやいや、勘違いしないでくれ」
レクトールは手をふった。
「決して、彼をからかっているんじゃない!これは、とても幸運な出来事だったんだ。彼が俺を知らないなんて!」
近づいてくる人の気配に気づいて、二人は話を止めた。フェ−リス公国古株の貴族が、お供の者を連れて、やってきた。
「レクト−ル様。こたびは、ご卒業、おめでとうございます。また、聖炎騎士団の部隊長にご就任、重ねてお祝いを述べさせて頂きます」
白髪の男は、丁寧にお辞儀をした。レクトールもお礼を返す。通り一遍な会話が続いた後、貴族の男が話しを切り出した。
「ところで、アマナーティ家の嫡男をご存知でしょうか?」
「ええ。お名前だけは。クレリックの修行をされている方ですね」
「来年、卒業予定なのですが、貴方の部下になる事を強く志望しています。侯爵から、彼に関する資料を頂きましてね。それが、彼は本当に優秀な学生でして・・・」
貴族の男は書簡を差し出し、レクト−ルは、それを受け取った。
「これは、お預かりしておきます。・・・ただ」
レクトールはにっこり微笑んで言った。
「自分の部下は、自分で決めますから」
会場の方から、レクトールの部下が走ってきた。士官学校の校長が彼を探しているという。レクトールは、先に戻る非礼を詫び、その場を離れた。
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